第6章 ②
数年が過ぎた。
鴉樽は今日も賑やかだった。
ヴィクは四歳になっていた。
よく食べる。よく遊ぶ。よく笑う。
そして。
よく歩く。
「ログー。」
朝から。
ログの後ろを付いて歩いていた。
「……何だ。」
「いく。」
「どこへ。」
「おしごと。」
ログは帽子を被る。
煙草を一本。
くわえた。
「遊びじゃねぇぞ。」
ヴィクは大きく頷く。
「うん!」
分かっていない返事だった。
レオが笑う。
「また連れてくのか?」
「勝手に付いてくる。」
「止めろよ。」
「止まらん。」
ヴィクは得意そうだった。
「いく!」
ログはため息をつく。
「好きにしろ。」
「やった!」
ヴィクは飛び跳ねた。
店中が笑う。
主は煙草を吸う。
「見て覚える。」
短い一言。
ログは小さく頷いた。
「そうだな。」
二人は店を出る。
ヴィクは小さな足で。
一生懸命付いていく。
途中。
石につまずいた。
転ぶ。
レオが慌てる。
「ヴィク!」
だが。
ヴィクは泣かない。
自分で立ち上がる。
服についた土を払う。
また歩く。
ログは振り返る。
少しだけ笑った。
「遅い。」
ヴィクは走る。
「まってー!」
その小さな声が。
地下街へ響いた。
遠くから常連が手を振る。
「おっ。」
「親子だ。」
ログは眉をひそめる。
「違う。」
ヴィクは満面の笑みで叫んだ。
「ぱぱー!」
店の中から。
腹を抱えた笑い声が聞こえた。
昼を過ぎた頃だった。
鴉樽の扉が開く。
「戻った」
レオだった。
その後ろには。
白衣の男。
「久しぶりだな。」
ログが帽子を上げる。
「生きてたか。」
白衣は苦笑した。
「何とか。」
ヴィクは白衣を見る。
首を傾げる。
「だれ?」
ミナが笑う。
「覚えてないよね。」
「赤ちゃんだったもん。」
白衣も少し笑った。
「大きくなったな。」
ヴィクは照れ臭そうにミナの後ろへ隠れる。
店の空気は穏やかだった。
主だけは煙草を吸っている。
白衣は主の前へ座った。
「少し。」
「気になる事がある。」
店が静かになる。
白衣はゆっくりと袖をまくった。
腕が見える。
そこには。
薄くなった赤い線があった。
レオが目を細める。
「……消えてる。」
「少しだけ。」
白衣は頷いた。
「黒帳が潰れてからだ。」
「少しずつ。」
「日に日に薄くなっている。」
ログが腕を見る。
「何でだ。」
白衣は首を横へ振る。
「分からない。」
「ただ。」
「時期が一致している。」
主は煙草を一口吸った。
「繋がりが切れた。」
白衣は主を見る。
「……やはり。」
「そう思いますか。」
主は答えない。
煙だけが静かに揺れる。
レオが腕を組む。
「黒帳だけじゃなかった。」
白衣は頷いた。
「黒帳は。」
「道具だった。」
「俺達を縛っていたのは。」
「もっと上だ。」
店の空気が変わる。
ログが帽子を被り直す。
「上か。」
白衣は静かに頷く。
「軍ではない。」
「その一つ下。」
「軍の諜報部隊。」
「黒帳が消えた。」
「だから。」
「向こうも動き始める。」
店が静まり返る。
誰も口を開かない。
主だけが煙草を灰皿へ押し付けた。
「知ってる」
短い一言だった。
白衣は静かに頷く。
「ああ。」
「もう。」
「既に来ている。」




