第4章 ⑤
第4章⑤ 来訪
鴉樽の扉が開く。
「久しぶりだ」
ログが振り返る。
「レオ」
一年ぶりの再会だった。
「生きてたか」
「お互いな」
短く言葉を交わした、その時。
よち。
よち。
小さな足音が店の中を歩く。
ヴィクだった。
主の足にしがみつく。
主は慣れた手つきで抱き上げた。
レオが固まる。
「……」
ログが首を傾げる。
「どうした」
レオは真顔で主を見た。
「いつの間に子供できた」
店の空気が止まる。
主が即答する。
「違う」
ログも言う。
「違う」
ミナも苦笑する。
「違います」
医者も頷いた。
「違うな」
レオはヴィクと主を見比べる。
「でも懐いてるぞ」
その時だった。
ヴィクが主へ両手を伸ばす。
「ぱぱー!」
店中が静まり返る。
ログが吹き出した。
ミナは口を押さえ、肩を震わせる。
医者は咳払いをして顔を逸らす。
レオは真顔のまま頷いた。
「やっぱりお前の子じゃないか」
「違う」
主は即答した。
事情を聞き終えたレオは頭を掻く。
「そういうことか」
ようやく納得したらしい。
店に少しだけ笑いが戻る。
だが。
レオの表情はすぐに引き締まった。
懐から数枚の紙を取り出し、机へ置く。
「今日は世間話をしに来たんじゃない」
「妹を探してる途中で、妙な話を拾った」
主の目が細くなる。
「何だ」
「鴉樽と敵対してる連中が動いてる」
「しかも、地上の連中と接触してる」
ログが眉をひそめた。
「それだけか」
レオは首を振る。
「もう一つある」
「連中が話してた」
「『赤い線』って言葉を」
店の空気が変わる。
ログは首を傾げる。
「赤い線?」
「ああ」
レオは静かに頷く。
「機構で見た、あれだ」
「意味は分からねぇ」
「でも嫌な予感しかしない」
主は何も言わなかった。
煙草に火をつける。
その手が、ほんの一瞬だけ止まる。
やがて静かに煙を吐いた。
そして。
店の隅で酒を飲んでいた常連達へ目を向ける。
「おい」
数人が顔を上げた。
「何だ」
主は短く言う。
「一人」
「生かしたまま拐ってこい」
店が静まり返る。
数秒。
誰も動かなかった。
やがて一人が、ゆっくり笑う。
「……やっと動くか」
隣の男も立ち上がる。
「待ってた」
もう一人が肩を鳴らした。
「よろこんで」
ログが呆れたように笑う。
「お前らな……」
常連は肩を竦める。
「地下街の女とガキを狙う奴だ」
「遠慮する理由はねぇ」
医者が静かに言う。
「口が利ける程度には残せ」
「善処する」
主は煙草をくわえ直した。
「聞きたいことが山ほどある」
地下街の男達は静かに店を出て行く。
その背中を見送りながら、レオは小さく息を吐いた。
「……相変わらず、とんでもねぇ街だな」
誰も否定しなかった。




