第4章 ④
第4章④ 異変
その日を境に、地下街の空気が変わった。
「誰か来い!」
西区で怒声が上がる。
「女が攫われかけた!」
住人が駆けつけた時には、男の姿はもうなかった。
女は無事だった。
だが、腕には強く掴まれた痕が残っている。
同じような騒ぎが、その日のうちにもう二件。
「東区でも!」
「若い女ばかり狙われてる!」
「顔も服装も違う奴らだ!」
「一人じゃねぇ!」
地下街中が浮き足立った。
ログは朝から走り通しだった。
「ログ!」
西区。
「ログ!」
市場。
「ログ!」
水路。
いつもの呼び声。
だが今日は、その響きが違う。
切迫していた。
ログが駆けつけても、大抵は間に合わない。
男たちは、いつも姿を消した後だった。
「くそ……!」
拳を握る。
住人たちは口々に証言する。
「見たことねぇ顔だった」
「地下街の人間じゃねぇ」
「地上の身なりだった気がする」
「若い女ばかり狙ってる」
ログの脳裏に、あの日すれ違った男の顔が浮かぶ。
中途半端な身なり。
一瞬だけ合った視線。
「……まさか」
考える暇もなかった。
「ログ!」
また呼び声が飛ぶ。
「南区だ!」
ログは再び駆け出した。
夕方になっても騒ぎは収まらない。
鴉樽へ戻った頃には、息も絶え絶えだった。
「主……」
「聞いた」
主は短く答える。
灰皿には、いつもより多くの吸い殻が積もっていた。
「若い女ばかり狙われてる」
ログが言う。
主は静かに首を振った。
「違う」
一拍置いて続ける。
「攫われかけたのは全員、子供を産んだばかりの女だ」
ログの足が止まる。
「……は?」
その時。
店の奥から乳母が青ざめた顔で出てきた。
腕にはヴィクと、自分の赤ん坊を抱いている。
「私も……」
「帰り道で声を掛けられて」
「顔を覚えてないかって」
「何度もしつこく聞かれたの」
ミナが息を呑む。
「乳母さんまで……?」
乳母は小さく頷く。
「怖くなって、すぐ戻ってきたけど」
重い沈黙が店を包む。
ログは主を見る。
「これ……ただの誘拐じゃねぇな」
主は答えなかった。
ただ。
ヴィクへ向ける視線だけが。
これまでになく鋭くなっていた。。




