閑話 地下街の始末
霧の深い夜だった。
地下街の水路には、 冷たい白がゆっくり流れている。
《鴉樽》はいつも通り騒がしかった。
笑い声。
酒。
喧嘩。
誰もが、 いつもの地下街だった。
その頃。
地下街の主は、 一人で水路側を歩いていた。
煙草の火だけが暗闇で赤い。
後ろに二人。
《鴉樽》の古株だった。
誰も喋らない。
必要が無いからだ。
細い水路通路。
人気の無い搬出口。
そこで、 男達が待っていた。
三人。
搬入口でログ達を追っていた連中だった。
先頭の男が舌打ちする。
「……本当に来たな」
主は煙を吐く。
「呼んだのお前らだろ」
「若造とガキを渡せ」
「断る」
即答だった。
男の顔が歪む。
「アンタまで面倒起こすのか」
主は面倒臭そうに目を細める。
「起こしたのはそっちだ」
静かな声だった。
水路の音だけが響く。
「……ガキ一人消せば済む話だ」
その瞬間。
空気が冷えた。
主の煙草が止まる。
「子供に手ぇ出すなら、 最初からうち来るな」
男達が身構える。
古株達も静かに動く。
地下街の主は、 ゆっくり煙を吐いた。
「地下街にゃ地下街の線引きがある」
低い声。
「越えたのお前らだ」
次の瞬間。
一気に空気が弾けた。
鈍い音。
壁へ叩き付けられる男。
ナイフの火花。
怒鳴り声。
水路へ飛び散る水。
地下街の喧嘩だった。
いや。
始末だった。
短かった。
あまりにも。
最後に立っていたのは、 《鴉樽》側だけだった。
主は倒れた男を見下ろす。
男は血を吐きながら睨む。
「……若造庇って……何になる」
主は煙草を咥え直す。
少し考えるみたいに黙り、 やがて言った。
「別に」
煙を吐く。
「気に入っただけだ」
男は何か言い返そうとして、 そのまま崩れ落ちた。
水路の音だけが残る。
古株の一人が低く聞く。
「……どうします」
主は面倒臭そうに答える。
「流せ」
それだけだった。
地下街では、 消える人間は珍しくない。
主は背を向けて歩き出す。
煙草の火だけが、 霧の中で小さく揺れていた。
その頃《鴉樽》二階では。
ログが包帯姿で寝返りを打ち、 ミナが薬草を潰していた。
二人とも、 地下街の主が今何をしているのか、 知らなかった。




