第3章 ④
第3章④ 一年
それから一年。
地下街の日常は、ゆっくりと変わっていった。
乳母は毎日のように鴉樽へ通い。
ミナも育児に慣れた。
主も夜ぐっすり眠れる日が増え。
ログは相変わらず地下街中を走り回っていた。
そして。
ヴィクは歩くようになった。
まだ危なっかしい。
それでも、鴉樽の中を毎日のようによちよち歩き回る。
人見知りもしなかった。
知らない顔を見つけると。
嬉しそうに近寄っていく。
その日も。
常連の男が店へ入ってきた。
「おう」
その足に。
ヴィクがしがみつく。
男は笑った。
「おっ、どうした」
ヴィクは満足そうな顔で踏ん張る。
医者が顔を上げた。
「あ」
ミナも気付く。
「あっ!」
次の瞬間。
ミナが飛び込んだ。
「駄目ぇぇ!」
ひょいっと抱き上げる。
一歩遅かった。
ヴィクは不満そうに口をへの字に曲げる。
そして。
「うわあああん!」
店中に泣き声が響いた。
ログが奥から顔を出す。
「今度は何だ」
「間に合った」
「何が」
「聞かない方がいい」
ログはため息をつきながらヴィクを受け取る。
「ほら」
「泣くな」
ヴィクは泣きながら。
ログの帽子を掴んだ。
「あ」
ぽいっ。
帽子が宙を舞う。
ひらり。
そのまま。
主の煙草へ。
ぼっ。
「あ」
帽子の端が小さく焦げた。
部屋が静まり返る。
ログが帽子を見つめる。
主が煙草を見る。
ヴィクは満足そうに笑った。
主は焦げた帽子を拾い上げ。
無言でログへ返す。
ログは帽子を受け取り。
焦げた縁を見つめた。
「……弁償だ」
「一歳児に言うな」
医者が呆れたように言う。
ミナはヴィクを抱きながら笑っていた。
地下街には。
今日も穏やかな時間が流れていた。




