第3章 ➂
第3章③ 乳母
残っていた最後の一人が、鴉樽を訪れた。
若い女だった。
腕には、自分の赤ん坊を抱いている。
女は少し申し訳なさそうに笑う。
「うちの子も一緒になりますけど、それでも大丈夫ですか?」
ミナはすぐに頷いた。
「もちろんです」
「お願いします!」
女はヴィクを覗き込み、くすりと笑う。
「噂は聞いてます」
「三人がかりで、おしめに苦戦したんですって?」
ログが思わず咳払いした。
「……誰から聞いた」
「地下街中よ」
女は肩を竦める。
「今じゃ有名な話」
ログは顔をしかめた。
「広まるの早ぇな……」
その時だった。
ヴィクが小さく身じろぎする。
「ぶしゅっ」
「うわっ」
けれど女は慌てない。
布を取り出し、手際よく拭う。
あまりにも自然な動きだった。
部屋が静まり返る。
ログがぽつりと呟く。
「……強い」
医者も頷いた。
「歴戦だな」
女は笑いながらヴィクをあやす。
「元気な証拠よ」
「男の子なんて、みんなこんなもの」
その一言で。
張っていた空気がふっと和らいだ。
ミナが身を乗り出す。
「お願いできますか……?」
「ええ」
「任せてください」
それだけだった。
乳母は、あっさり決まった。
これまでの騒ぎが嘘のようだった。
主は煙草をくわえ直し、小さく息を吐く。
「……助かる」
女は笑う。
「男が三人で右往左往してるって聞いてましたから」
「安心しました」
主は煙を吐く。
「右往左往はしてない」
間髪入れず、ログが返した。
「してた」
「おしめ一枚で三人がかりだったぞ」
医者も静かに頷く。
「あれは右往左往だ」
ミナは堪えきれず吹き出した。
「三人ともね」
主はしばらく黙っていた。
やがて煙草を灰皿へ押し付ける。
「……知らん」
部屋に笑い声が広がった。




