第2章④
第2章④ 刺繍
その日の夜。
ミナは汚れた産着を洗っていた。
たらいに水を張り、布を擦る。
何度も繰り返してきた作業だった。
だからこそ。
いつもと違う手触りに、指が止まる。
「……あれ」
裏地の隅に、小さな刺繍があった。
これまでも見えていたはずなのに。
汚れが落ちたことで、ようやく模様が浮かび上がる。
糸目は細かい。
花か、鳥か。
いや。
どちらでもない。
何かの紋。
そう思わせるほど、規則正しく整えられた意匠だった。
古着に付いた飾りとは思えない。
ミナは産着を手にしたまま、奥へ声を掛けた。
「主」
「何だ」
主が煙草を片手に歩いてくる。
産着を受け取り、刺繍を見た。
その瞬間だった。
ほんの一瞬だけ。
主の目が細くなる。
煙草の灰が、床へ落ちた。
「……主?」
「ああ」
主は何事もなかったように産着を畳む。
少しだけ間を置き、静かに言った。
「……古着の飾りだろう」
「珍しくもない」
そう言って産着を返す。
ミナは首を傾げた。
その時だった。
「おぎゃああああ!」
ログがヴィクを抱えて奥へ入ってくる。
「駄目だ」
「全然泣き止まねぇ」
ミナは思わず苦笑した。
「貸して」
「その前に」
産着を差し出す。
「これ」
「ヴィクの産着に付いてたの」
ログは刺繍を覗き込んだ。
「ん?」
「古着なんだろ」
「飾りくらい付いてるんじゃねぇか」
「そうかな」
「それより助けろ」
「もう腕が限界だ」
主は何も言わず、ヴィクを受け取る。
腕に収まった途端。
泣き声が止んだ。
「……何でだ」
ログが肩を落とす。
ミナは小さく笑う。
「諦めなさい」
主は答えない。
ヴィクを抱いたまま、静かに奥へ戻っていった。
ミナはもう一度、産着の刺繍を見つめる。
やっぱり。
ただの飾りには見えなかった。
でも。
主がそう言うなら。
そう思うことにした。
その夜。
主は誰もいない部屋で、一人長く煙草を吸っていた。
灰皿には、いつもより多くの灰が積もっていた。




