序章 ④
「ミナ!」
主の声が飛ぶ。
「お湯だ!」
「う、うん!」
ミナは慌てて駆け出す。
店の中が一気に慌ただしくなる。
誰かが医者を呼びに走る。
誰かが布を運ぶ。
誰かが湯を沸かす。
ログは寝台の横を離れた。
邪魔になる。
そう判断した。
しばらくして。
医者が駆け込んでくる。
「どけ」
女の傷を見る。
顔が険しくなった。
「酷いな……」
腕。
背中。
足。
新しい傷。
古い傷。
逃げ続けてきたのだろう。
医者は手早く傷を診る。
「布を」
「は、はい!」
ミナは布を差し出す。
「お湯」
「うん!」
言われるままに動く。
それしか出来なかった。
女は赤ん坊を強く抱き締めている。
離そうとしない。
いや。
離せないのだろう。
医者は赤ん坊へ手を伸ばす。
「診るだけだ」
女は震える。
しばらく医者を見つめ。
ゆっくりと頷いた。
抱き締める腕が少しだけ緩む。
医者は赤ん坊の額へ手を当てる。
胸に耳を寄せる。
小さく息を吐いた。
「衰弱している」
部屋の空気が止まる。
「眠っているんじゃない」
「もう泣く力も残っていないんだ」
ミナは赤ん坊を見る。
こんなに小さい。
こんなに静かだった。
女は医者の手が離れると、すぐに赤ん坊を抱き寄せた。
まるで。
二度と離さないと言うように。
やがて。
女がゆっくり目を開ける。
赤ん坊を見る。
安心したように息を吐く。
そして。
ミナを見る。
震える唇が動く。
声にはならない。
それでも。
何かを託そうとしていることだけは伝わった。
ミナはそっと頷く。
「……大丈夫」
思わず口から零れた。
女は静かに目を閉じる。
その腕だけは。
最後まで赤ん坊を抱き締めたままだった。




