閑話集 余裕ある男
怪我をして三日後。
ログは復活した。
本人だけはそう思っていた。
「止めとけ若造」
「また寝込みたいのか」
《鴉樽》の常連達が笑う。
ログは鼻で笑った。
「いつまでも転がってられるかよ」
包帯を巻いたまま、 外套を羽織る。
煙草を咥える。
かなり格好つけていた。
本人だけは。
二階の階段から、 ミナがじっと見ている。
「……何その顔」
「死にそう」
「失礼だな」
ログは酒場奥の席へ座った。
今日は静かにする。
それが今回の作戦だった。
喋らない。
騒がない。
余裕ある男。
地下街の大人。
完璧だった。
本人の中では。
酒を飲む。
煙を吐く。
片肘をつく。
かなり雰囲気は出ていた。
常連達がひそひそ話す。
「どうした今日」
「熱か?」
「死ぬ前兆じゃねぇ?」
ログは聞こえていた。
でも我慢。
“余裕”なので。
その時。
酒場の扉が開く。
地下街の女だった。
常連らしく、 カウンターへ向かう。
ログ、 内心で姿勢を整える。
煙を細く吐く。
女がちらりとログを見る。
「……静かね今日」
ログ、 勝ったと思った。
低い声を作る。
「まぁな」
その瞬間。
店の中央で酔っ払い同士が揉めた。
「んだコラァ!!」
椅子が倒れる。
酒瓶が割れる。
ログ、 反射で立ち上がる。
「おいテメェ何して――」
そこまで言って固まった。
酒場全員が見ている。
ミナまで見ている。
“余裕ある男”が死んだ瞬間だった。
数秒後。
ログは普通に乱闘へ突っ込んだ。
「だから店で暴れんなって言ってんだろ!!」
椅子飛ぶ。
誰か吹っ飛ぶ。
ログも吹っ飛ぶ。
常連大爆笑。
「駄目だった!!」
「三十秒も持たなかった!」
「お前静かに飲めねぇの!?」
地下街の女が呆れ顔で言う。
ログは床へ転がったまま呻いた。
「……無理だった」
二階から、 ミナの吹き出す声が聞こえた。
その奥で、 地下街の主が煙草を咥えながらぼそりと言う。
「学習しねぇな、若造」
ログは床で顔をしかめた。
「次は……いける……」
酒場が崩壊した。




