【黒歴史】 閑話 鴉樽の怪我人
閑話 《鴉樽》の怪我人
《鴉樽》の二階は、
物置兼、たまに怪我人を転がしておく場所だった。
ログはその日、 そこで完全に潰れていた。
「……痛ぇ……」
脇腹。
背中。
肩。
全部痛い。
地下街の主、 本気でやりやがった。
「動くから」
ミナが薬草を机へ置く。
置き方が雑だった。
「もうちょい優しく出来ねぇの?」
「死んでない」
「ガキが辛辣過ぎる……」
ログは寝台へ転がったまま天井を見る。
薄暗い。
酒場の喧騒が床越しに響いてくる。
誰か笑っている。
誰か歌っている。
いつもの《鴉樽》だった。
「水」
「そこ」
「取って」
「嫌」
「世話係だろお前」
ミナは真顔だった。
「主、“死なせるな”とは言った」
「冷てぇな!?」
ミナは小さな椅子へ座り、 黙々と薬草を潰し始める。
ログはそれを眺めた。
「お前、慣れてんな」
「何が」
「怪我の手当」
ミナは少しだけ手を止める。
「地下街だから」
それだけだった。
ログは少し黙る。
そして空気に耐え切れず、 結局ふざけた。
「まぁでも俺、治れば強ぇし?」
「弱い」
「相手が悪いんだよ!」
「毎回負けてる」
「次は勝つ」
ミナは潰した薬草を包帯へ塗りながら、 じっとログを見る。
「……本気で言ってる?」
「当たり前だろ」
「馬鹿だ」
「傷付くなぁ!?」
その時だった。
階下から誰かの声が響く。
「おーい若造!」
常連の声だった。
「生きてるかー!?」
ログが寝台から怒鳴り返す。
「うるせぇ!!」
「女連れ込んだって本当かー!?」
ミナが真顔でログを見る。
ログも真顔になる。
「違ぇからな?」
「知らない」
「疑うなよ!?」
下で爆笑が起きた。
ログは顔をしかめる。
「クソ……地下街の連中暇か……」
ミナは包帯を引っ張った。
「痛っっっ!?」
「動くから」
「絶対わざとだろお前!?」
その時、 階段が軋んだ。
重い足音。
ログの顔が引き攣る。
地下街の主だった。
煙草
外套
いつもの面倒臭そうな顔。
主はログを見る。
「生きてるな」
「アンタ半分殺しかけただろ」
「死んでねぇ」
「基準怖ぇよ」
主は鼻を鳴らし、 ミナを見る。
「ガキ」
「……何」
「そいつ逃がすな」
ログが顔をしかめる
「逃げねぇよ」
主は即答した
「お前は余計な事する」
ミナが小さく頷く
「する」
「お前まで!?」
主は煙を吐く。
「一年下働きだ。 大人しくしとけ」
ログは寝台へ沈み込みながら、 不満そうに呟いた。
「……横暴だ」
主は聞こえているのに無視した。
そのまま階段へ向かう。
途中で一度だけ止まり、 ぼそりと言う。
「あと若造」
「……あ?」
「次は避けろ」
数秒の沈黙。
ミナが吹き出した。
ログは天井を見たまま呻く。
「……やっぱ手加減してたんじゃねぇか……」




