閑話集 モテる男
《鴉樽》で暮らし始めて一ヶ月ほど。
ログは最近、ある事に気付いていた。
地下街の大人は妙にモテる。
主もそうだった。
何もしない。
喋らない。
酒を飲んでいるだけ。
なのに時々女が話し掛けてくる。
不公平だった。
非常に不公平だった。
その日。
ログは酒場の隅で腕を組みながら考えていた。
「何してる」
ミナが薬草籠を抱えて立ち止まる。
ログは真顔で答えた。
「研究」
「馬鹿そう」
「決め付け酷くね?」
ログは気にしない。
今日は秘策があった。
地下街の大人っぽく振る舞う。
それだけだ。
簡単だった。
多分。
その時。
酒場の扉が開く。
若い女が入って来た。
常連らしい。
ログは姿勢を整える。
煙草を咥える。
壁へ寄りかかる。
少し視線を伏せる。
かなり格好つけていた。
本人だけは。
女が近くを通る。
ログは低い声を作った。
「夜道は危ねぇぞ」
女は立ち止まった。
ログは勝利を確信する。
だが。
女は首を傾げた。
「誰?」
沈黙。
酒場も沈黙。
二階の手すりに居たミナが吹き出した。
「知られてない」
「黙れ」
常連達の肩が震えている。
ログは諦めない。
まだ挽回出来る。
多分。
「最近物騒だからな」
格好良く言った。
つもりだった。
女は少し考える。
そして言った。
「この前主さんにも同じ事言われた」
ログが固まる。
主は酒場奥で酒を飲んでいた。
煙草を咥えたまま一言。
「真似するな」
酒場崩壊。
大爆笑だった。
ログは机へ突っ伏した。
「……帰りてぇ」
ミナが真顔で言う。
「ここに住んでる」
「そうだった」
その日。
若ログの『モテる男計画』は静かに終了した。




