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閑話 研究者の誤算

閑話 研究者の誤算


地下機構事件発生から三日後。


白衣は机に向かっていた。


正確には向かわされていた。


報告書である。


研究者として避けては通れない。


だが。


全く進まなかった。


白紙。


正確には五回目の白紙だった。


白衣は額を押さえる。


そして再び書き始めた。


――地下機構調査報告。


地下深部にて古代施設を確認。


施設中枢と思われる区画へ到達。


接続機構を確認。


適合反応を確認。


ここまでは良い。


問題はその後だった。


白衣の筆が止まる。


施設停止要因。


そこへ視線が落ちる。


沈黙。


しばらく考える。


そして書く。


『不明』


白衣はその一文を見つめた。


事実だった。


施設は停止した。


だが理由が分からない。


危険個体認識。


接続異常。


赤い灯りの暴走。


観測終了。


そして施設停止。


どれも記録した。


だが繋がらない。


白衣は深く息を吐いた。


そして最後に書き加える。


『観測終了の意味については現在調査中』


そこで筆が止まった。


地下機構は最後に確かにそう告げた。


観測終了。


あの言葉だけが妙に頭に残る。


何を観測していたのか。


何が終了したのか。


現時点では分からない。


白衣は報告書を閉じた。


そして静かに呟く。


「……何だったんだ、あれは」



地下街の夜だった。


《鴉樽》はまだ騒がしい。


だが酒場奥の物置部屋だけは静かだった。


白衣は椅子へ座っている。


正確には座らされていた。


逃亡防止である。


地下街らしい対応だった。


向かいにはレオが座っている。


机には石板の写し。


紙。


記録。


地下機構から回収した資料。


レオが口を開いた。


「聞きたい事がある」


白衣は苦笑した。


「沢山あるだろうな」


「一つで良い」


レオは石板へ視線を落とした。


「何をしようとしていた」


沈黙。


やがて白衣は答える。


「改善だ」


「改善?」


「人は脆い」


白衣は自分の腕を見る。


薄く残る赤い線。


まだ消えていない。


「恐怖する」


「争う」


「命令に従わない」


「間違う」


レオは黙って聞いた。


「地下機構は違った」


「接続された個体は統一される」


「無駄が無い」


「争いも無い」


「管理出来る」


レオは静かに言う。


「それは人じゃない」


白衣が止まる。


長い沈黙。


やがて力無く笑った。


「そうだな」


地下機構を見て以来。


初めて研究者ではなく人間に見えた。


レオは机へ視線を落とす。


「王都も知っていたのか」


白衣は答えなかった。


その沈黙だけで十分だった。


レオは舌打ちする。


「最悪だ」


「そうかもしれない」


その時。


レオの視線が白衣の腕へ止まる。


赤い線。


まだ消えていない。


「消えてないな」


「……ああ」


「何故だ」


「分からない」


今度は本当だった。


白衣は低く呟く。


「役人」


「何だ」


「最後の言葉を覚えているか」


レオの顔が固まる。


『観測終了』


忘れられる訳が無い。


白衣はゆっくり目を閉じる。


「私はあの言葉を聞いた事が無い」


レオが顔を上げる。


「……は?」


「記録にも無かった」


部屋が静まり返る。


「地下機構は停止する」


「休眠する」


「認証する」


「接続する」


「だが」


白衣は静かに言った。


「観測終了など知らない」


レオの背筋へ寒気が走る。


そして。


二人は同時に思い出した。


崩壊直前。


地下機構が見ていた相手を。


地下街の主だった。



その後。


白衣は酒場へ戻った。


《鴉樽》は相変わらず騒がしい。


誰かが笑っている。


誰かが怒鳴っている。


誰かが歌っている。


何故歌う必要があるのか分からない。


王都では考えられない。


その時。


酒場の扉が開いた。


「飯あるか」


若造だった。


ログ。


地下機構で暴れ回った張本人。


「若造また来たぞ」


「今度は何壊した」


「壊してねぇ!!」


酒場が爆笑する。


白衣は額を押さえた。


地下街では何故これで笑うのか。


理解出来ない。


ログは酒場を見回す。


そして白衣を見付けた。


「何してんだ」


「考え事です」


「飯食うか」


「話を聞いていましたか」


若造は首を傾げた。


本気で分かっていない顔だった。


白衣はため息を吐く。


地下機構。


古代文明。


接続機構。


危険個体認識。


観測終了。


どれも理解出来ない。


だが。


一つだけ理解出来る事があった。


地下機構は最後に。


若造を危険個体と認識した。


当時は誤作動だと思った。


今は違う。


正しかった。


その時。


酒場奥から怒鳴り声が響く。


「若造ォ!!」


「何だよ!」


「壁に寄りかかるな!」


ドシャァ!!


盛大な転倒音。


酒場大爆笑。


白衣はゆっくり天井を見上げた。


地下機構は正しかった。


多分。

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