第3章 地下機構 終
《鴉樽》の夜は、いつも通り騒がしかった。
地下深部崩落の話は、 既に酒場中へ広がっている。
「地下水路一本潰れたらしいぞ」
「また変な赤灯り消えたってよ」
「最近ガキ攫い減ったのも関係あるか?」
常連達は好き勝手言っていた。
ログは奥席で不貞腐れている。
「だから俺じゃねぇって……」
「若造」
主が煙を吐く。
「半分はお前だ」
「半分ならセーフだろ」
「駄目に決まってんだろ!!」
レオが即座に叫ぶ。
酒場大爆笑。
完全に地下街へ馴染み始めていた。
本人は不本意だった。
*
白衣は酒場隅へ座らされていた。
かなり浮いている。
地下街と相性が悪過ぎた。
しかも今は、 腕へ薄く赤い線が残っている。
酒を運んでいた女が露骨に距離を取った。
白衣の顔が引き攣る。
ログがじろりと見る。
「……まだ出てんのか」
白衣は腕を隠した。
「……消えない」
酒場が少し静かになる。
地下街の人間は、 赤い灯りの噂を知っている。
主だけは動かなかった。
煙を吐くだけ。
白衣が低く言う。
「貴方は何故」
ログ。
「何が」
「何故助けた」
地下街が静まる。
ログは数秒考えた。
「……夢見悪ぃ」
白衣が止まる。
ログは本気だった。
「目の前で引き摺られてんの嫌だし」
「お前が何したかとかは知らん」
「でもあれは気持ち悪ぃ」
白衣は言葉を失った。
今まで、 “対象”としてしか人を見て来なかった。
なのに地下街の若造は、
善悪でも理屈でもなく、
“嫌だから助けた”
と言った。
白衣は初めて、 少しだけ目を伏せた。
*
レオはその様子を見ていた。
地下街は理解出来ない。
暴力的。
雑。
無茶苦茶。
なのに。
時々、 王都より人間臭かった。
レオは机へ突っ伏す。
「胃が痛い……」
ログ。
「弱ぇな役人」
「誰のせいだと思ってんだ!!」
また笑いが起きる。
常連の一人が酒を置いた。
「役人」
レオ。
「……何だ」
「お前逃げなかったな」
レオが止まる。
地下深部。
崩落。
赤い灯り。
怖かった。
本当に。
それでも。
レオは小さく息を吐く。
「……放っとくともっと酷くなりそうだった」
ログが笑う。
「染まってんな」
「嫌な言い方するな!!」
だが。
地下街の連中は、 少しだけレオを見る目を変えていた。
“表側の役人”ではなく。
“地下へ降りて戻って来た奴”
として。
*
主は静かだった。
いつも通り。
煙草。
酒。
低い声。
だがログは、 何となく主を見る。
「……アンタ」
主。
「何だ」
ログは少し迷う。
地下最後。
赤い目。
“観測終了”
妙に引っ掛かっていた。
だが。
主は煙を吐くだけだった。
「若造」
「ん?」
「考えても腹減るだけだ」
ログ。
「確かに」
レオが頭を抱えた。
「納得するな!!」
酒場大爆笑。
だが。
その笑い声の奥で。
主だけは、 ほんの一瞬だけ地下側を見た。
誰にも気付かれない程度に。
煙が、 静かに揺れた。




