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閑話 役人の胃痛

閑話 役人の胃痛


レオは眠れなかった。


《鴉樽》の二階。


借りた寝台。


薄い毛布。


地下街にしては静かだった。


だが眠れない。


理由は分かっていた。


レオは天井を見る。


そして思った。


もう帰りたい。


本気で。


地下街へ来てから、ろくな事が無い。


若造は殴る。


主は強過ぎる。


白衣は研究者だ。


地下機構は崩壊した。


そして。


レオは目を閉じる。


赤い目が浮かんだ。


『観測終了』


あの声。


忘れられない。


レオは起き上がった。


眠れる訳が無かった。


机を見る。


そこには石板の写し。


地下機構で回収した記録。


紙。


メモ。


役人らしい山だった。


レオは一枚を手に取る。


接続。


認証。


管理者。


適合。


どれも理解出来ない。


だが一つだけ分かる。


観測終了は無い。


どこにも無い。


レオは紙を置いた。


頭が痛い。


その時。


ふと別の記憶が浮かぶ。


地下機構内部。


赤い線。


接続。


そして。


若造。


「何で噛んだんだ……」


思わず呟く。


誰も居ない部屋だった。


だから返事が返ってくる筈もなかった。


レオは額を押さえる。


危険個体認識。


当時は誤作動だと思った。


だが今は違う。


非常に悔しいが。


正しかった気もする。


若造の顔が浮かぶ。


消した。


浮かぶ。


消した。


浮かぶ。


諦めた。


「正しかった気がするのが腹立つ……」


深くため息を吐く。


その時だった。


階段が軋んだ。


誰かが上がって来る。


レオは振り返る。


主だった。


煙草。


酒。


いつもの姿。


主は何も言わず窓際へ向かう。


地下街を見下ろす。


レオはしばらく迷った。


だが聞いた。


「……一つ良いか」


主。


「何だ」


レオは真っ直ぐ見る。


「地下機構は何を観測してた」


沈黙。


主は煙を吐く。


答えない。


レオは続ける。


「最後」


「アンタを見てた」


長い沈黙だった。


やがて主が言う。


「知らん」


レオは眉を寄せる。


嘘ではない。


だが全部でもない。


そんな答えだった。


主は地下街を見る。


静かな声だった。


「役人」


「何だ」


「知らなくて良い事もある」


レオは思わず笑った。


疲れた笑いだった。


「それ役人に言う言葉か」


主。


「向いてねぇな」


「余計なお世話だ」


少しだけ沈黙。


地下街の灯りが揺れている。


やがて主は煙草を潰した。


そして部屋を出る。


それだけだった。


何も答えなかった。


何も教えなかった。


レオは一人残される。


机を見る。


石板を見る。


地下街を見る。


そして。


記録用紙へ視線を落とした。


そこには一行だけ書かれている。


『観測終了』


レオはその文字をしばらく見つめた。


地下機構は停止した。


地下深部も崩落した。


事件は終わった。


そう報告するつもりだった。


だが。


本当にそうなのかは分からない。


少なくとも。


自分の中ではまだ終わっていなかった。


窓の外では地下街の赤い灯が揺れていた。


酒場から笑い声が聞こえる。


誰かが騒いでいる。


きっと若造だろう。


レオは小さく呟く。


「何だったんだよ……」


答える者はいない。


その答えだけは、


結局最後まで見つからなかった。

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