第1章 今日は勝つ!➂
第1章 ➂
《鴉樽》へ戻る頃には、地下街の喧騒が妙に遠く聞こえた。
笑い声。
酒瓶のぶつかる音。
怒鳴り声。
さっきまでと何も変わらない。
なのに、 ログには別の場所みたいに感じた。
「お、戻ったぞ」
「次は何秒持つんだ若造!」
「今日は立って帰れよ!」
普段なら言い返していた。
でも今日は、 そんな気分じゃない。
ログは無言のまま奥の席へ向かう。
地下街の主はいつものように酒を飲んでいた。
煙草の煙が薄く揺れている。
主はちらりとログを見る。
その瞬間、 少しだけ目が細くなった。
「……どうした」
低い声だった。
ログは周囲を見た。
酒場は騒がしい。
誰もこっちなんか見ていない。
それでも声を落とす。
「奥の搬入口で話聞いた」
主は何も言わない。
ログは続けた。
「“霧夜”がどうとか……運ぶとか」
煙草の火が止まる。
「あと」
ログは小さく舌打ちした。
「“見たガキは消せ”って」
酒場の喧騒が遠くなる。
主はしばらく黙っていた。
やがて低く聞く。
「……顔見られたか」
「多分一人」
「一人で済んだか」
ログは眉を寄せる。
「何なんだよ、あれ」
主は答えなかった。
代わりに酒を一口飲み、 静かに煙を吐く。
長い沈黙。
やがて。
「……もう一人居る」
ログが顔を上げる。
「は?」
「見た奴だ」
「誰」
主は面倒臭そうに煙草を指で弾いた。
「細路地のガキ」
嫌な沈黙が落ちる。
ログは顔をしかめた。
「生きてんのか」
「逃げたらしい」
主の声は変わらない。
だが、 それが逆に地下街の怖さだった。
「放っときゃ死ぬぞ」
ログは思わず言った。
主は鼻を鳴らす。
「だから探す」
「誰が」
主は真っ直ぐログを見た。
「お前」
「はぁ!?」
酒場の奥で誰かが笑っている。
別の席では喧嘩が始まっていた。
でも、 ここだけ空気が違う。
ログは顔をしかめる。
「何で俺なんだよ」
「顔見られてるなら今更だ」
「理不尽だろ……」
「地下街だぞ」
返せなかった。
主は酒杯を置く。
「細路地から水路側へ逃げたらしい」
「……ガキ何歳だ」
「六くらいだな」
ログの顔が歪む。
「六……?」
主は煙を吐いた。
「見つけろ」
「見つけたら?」
「連れて来い」
短い沈黙。
ログは頭を掻いた。
「……面倒臭ぇ」
「放っとけねぇ癖に何言ってる」
ログは舌打ちした。
否定出来なかった。
主はもう酒へ視線を戻している。
まるで、 話は終わったみたいに。
でもログには分かっていた。
これは、 断れる話じゃない。




