第3章 地下機構 ➂
水路の奥で、それはゆっくり立ち上がった。
大きかった。
黒外套達より頭一つ分高い。
赤い灯りの中、 輪郭だけが浮かぶ。
鉄の音。
重い鎖。
ギ……ィ……
ログの顔から、 完全に軽口が消える。
「……何だよ、あれ」
レオも息を止めていた。
「あんなの……聞いてない」
黒外套達が左右へ退く。
まるで道を開けるみたいに。
赤い灯りが揺れる。
そして、 巨大な影が一歩前へ出た。
水面が揺れた。
鉄の仮面。
片腕だけ異様に大きい。
まるで無理矢理、 鉄を継ぎ足したみたいだった。
地下街の空気じゃない。
もっと古い。
もっと嫌な何か。
ログは子供を庇ったまま立ち上がる。
レオが低く言う。
「下が実験場って噂……」
「笑い話じゃなかったのかよ」
その時。
鉄仮面が、 ゆっくりこちらを向いた。
仮面奥で、 赤い光が点る。
地下水路へ、 低い声が響いた。
知らない言葉。
だが次の瞬間。
鉄仮面が、 ログへ向かって走った。
爆音。
水飛沫。
速い。
ログの目が見開く。
「っ!?」
レオが叫ぶ。
「避けろ!!」
間に合わない。
鉄の腕が振り下ろされる。
その瞬間。
ドゴォォン!!!
横から何かが突っ込んだ。
鉄仮面が吹き飛ぶ。
石壁へ激突。
地下水路が揺れる。
ログが呆然と顔を上げる。
水飛沫の向こう。
長い外套。
煙草。
地下街の主だった。
主は片手を軽く振りながら、 面倒臭そうに言った。
「……何で毎回そうなる若造」
鉄仮面が石壁へ叩き付けられ、地下水路が揺れた。
赤い灯りが乱れる。
黒外套達が一斉に動いた。
主は煙草を咥えたまま、 水路中央へ立つ。
長い外套が水を吸って重く揺れる。
それでも、 まるで動じいていなかった。
黒外套の一人が刃を放つ。
飛刃。
細い銀線みたいな刃が走る。
主は避けない。
カン!!
片手で弾いた。
ログが目を見開く。
「今の素手!?」
「見るな若造」
主の低い声。
次の瞬間。
主が踏み込む。
速い。
黒外套の懐へ潜り込み、 肘を叩き込む。
鈍い音。
黒外套が水路へ吹き飛ぶ。
レオが息を呑む。
「地下街の喧嘩じゃない……」
「今更か」
ログが子供を庇いながら吐き捨てる。
その背後。
鉄仮面が立ち上がる。
ギギギ……
赤い光が揺れる。
壊れていない。
ログの顔が歪む。
「マジかよ」
鉄仮面が水を蹴る。
爆音。
一直線。
今度は主へ向かう。
主は煙草を捨てた。
地下水路へ赤い火が落ちる。
そして、 初めて少しだけ構える。
ログがその姿を見る。
いつもの《鴉樽》じゃない。
地下街の主だった。
鉄の腕が振り下ろされる。
ドゴォン!!
石壁が砕ける。
主は紙一重で避けていた。
そのまま、 鉄仮面の懐へ潜る。
低く呟く。
「うるせぇ鉄屑」
瞬間。
主の拳が、 鉄仮面の胴へ叩き込まれた。
凄まじい音。
鉄仮面の身体が浮く。
地下水路の壁へ激突。
石が崩れる。
赤い灯りが揺れる。
黒外套達の空気が変わった。
初めて。
明確な動揺だった。
レオが低く呟く。
「……何者なんだ、あの人」
ログが即答した。
「死ぬまで下働きって言う人」




