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ログ外伝  作者: T.M
23/26

第2章 東側の噂 ⑪

ガシャン!!


酒場側で、 何かが倒れる音が響いた。


続いて怒鳴り声。


「捕まえろ!!」


ログは反射で走った。


格好つける暇も無い。


ミナとレオも続く。


主だけは最後に動く。


だが一番速かった。


階段を降りる。


酒場の空気が荒れていた。


椅子が倒れている。


割れた酒瓶。


常連達が一方向を見ていた。


酒場奥――


水路へ続く細通路。


そこを、 小さな影が走っていく。


ログが目を見開く。


「ガキ……!?」


まだ十にも届かない。


痩せた子供だった。


裸足。


ボロ布。


怯え切った顔。


後ろから、 見知らぬ男が追っている。


地下街の人間だった。


だが《鴉樽》側じゃない。


男が怒鳴る。


「待て!!」


その瞬間。


主の声が落ちた。


「誰の縄張りで走ってる」


酒場が静まり返る。


男の顔色が変わる。


主は階段途中に立ったまま、 煙草を咥えている。


だが目だけが冷たい。


男は一瞬怯む。


その隙だった。


子供が転ぶ。


床へ倒れる。


追い付く。


男が腕を掴もうとした瞬間。


ログが横から突っ込んだ。


ドガッ!!


男が吹き飛ぶ。


酒場が揺れる。


ログは子供を庇うように前へ出た。


かなり格好良かった。


珍しく。


本人だけではなく。


男が舌打ちする。


「チッ……!」


ログは低く言う。


「ガキ追い回す趣味はねぇんだ」


ミナが少し目を見開く。


レオも黙る。


男はログを睨む。


そして、 主を見る。


数秒。


やがて男は低く吐き捨てた。


「……《鴉樽》、本当に噛む気か」


主は煙を吐く。


「うちでガキ追ったのお前だ」


男の顔が歪む。


酒場の空気が冷える。


常連達が静かに立ち上がっていた。


逃げ場は無い。


男は舌打ちし、 ゆっくり後ろへ下がる。


「覚えてろ」


ログが即答した。


「三下の台詞だな」


沈黙。


そして酒場爆笑。


「若造ぉぉぉ!!」


「今のは格好つけ過ぎだ!!」


「珍しく決まったぞ!!」


ログが顔をしかめる。


「うるせぇ!!」


空気が少しだけ戻る。


だが、 主だけは笑っていなかった。


その視線は、 怯える子供へ向いている。


地下街の夜は、 まだ終わっていなかった。


男が去った後も、酒場の空気は少し張っていた。


《鴉樽》の常連達は、 何も言わず子供を見る。


痩せていた。


服も汚れている。


地下街の子供だった。


だが、 普通の流れ者とも少し違う。


怯え方が酷い。


子供はログの外套を掴んだまま離さない。


ログが顔をしかめる。


「……おい」


子供がびくりと震える。


「いや怒ってねぇよ」


余計怖かった。


ミナが横から小さく言う。


「顔怖い」


「俺のせい!?」


酒場で笑いが起きる。


少しだけ空気が戻った。


レオがしゃがみ込み、 子供と目線を合わせる。


「名前は?」


返事は無い。


ただ、 子供の視線が主へ向いた瞬間、 また身体が強張る。


主は煙草を咥えたまま、 面倒臭そうに視線を逸らした。


「……俺見るな」


ミナがぼそりと言う。


「怖いから」


「お前も言うか」


ログが吹き出す。


主は舌打ちした。


その時。


子供が小さく呟く。


「……下」


酒場が静まる。


ログが顔を向ける。


「何だって?」


子供は震えながら、 もう一度言った。


「下から来た……」


冷たい空気が流れる。


レオの顔色が変わる。


主だけが静かだった。


だが煙草の火が、 短く揺れる。


ログはゆっくりしゃがみ込む。


今度は、 出来るだけ低い声をやめた。


「……誰に追われてた」


子供は唇を震わせる。


そして、 小さい声で言った。


「赤い灯り……」


酒場の空気が止まった。


常連達の顔から笑いが消える。


地下街の噂。


下の灯り。


戻らない人間。


全部が繋がり始める。


その中で、 ログだけがまだ理解し切れていなかった。


だから真っ先に口を開く。


「赤い灯りって何だよ」


主が低く言った。


「若造」


「……何だ」


「今夜はもう喋るな」


珍しく、 本気で止める声だった。

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