第2章 東側の噂 ⑨
通路が静まり返っていた。
水路の音だけが響く。
ログは主を見る。
あの主が、 少しだけ表情を変えた。
それだけで、 空気の重さが分かる。
「……何だよ、“下”って」
誰もすぐには答えない。
水路から来た男達も、 妙に落ち着かない顔をしていた。
やがて片方が低く言う。
「俺達も詳しくは知らねぇ」
「でも最近、 東側の連中が消える」
「縄張りごとか?」
「違う」
男は嫌そうに続けた。
「戻って来ねぇ」
地下街の人間は、 “消える”を軽く言わない。
ログはそれを知り始めていた。
レオが小さく聞く。
「下層……?」
主が煙草を咥え直す。
「噂だ」
「でもアンタ知ってんだろ」
ログの問いに、 主は少し黙った。
そして低く言う。
「昔の地下水路だ」
通路が静かになる。
「今の地下街より古い」
「崩れてるって聞いてた」
ミナが小さく呟く。
主が頷く。
「半分はな」
ログは顔をしかめた。
「半分?」
「繋がってる場所がある」
冷たい水音。
暗い通路。
地下街の更に下。
想像しただけで嫌な感じがした。
レオが低く聞く。
「そこが人攫いと関係あるのか」
男達が顔を見合わせる。
やがて、 片方が小さく言った。
「最近、“下の灯り”見た奴が居る」
ログが眉を寄せる。
「灯り?」
「水路の更に下」
男の声が少し掠れる。
「赤い灯りだ」
誰も喋らなかった。
地下街では、 噂にも種類がある。
笑って済む噂。
触れない方がいい噂。
そして――
聞いた事を後悔する噂。
今のは、 最後だった。
ミナが無意識にログの外套を掴む。
小さい手だった。
ログは少しだけ視線を落とす。
そして、 珍しく軽口を言わなかった。
主は煙を吐く。
だが煙草の火は、 いつもより短く燃えていた。




