第2章 東側の噂 ⑧
水路側の暗闇で、何かが動いた。
足音。
いや、 水を踏む音だった。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
ゆっくり近付いて来る。
ログの顔から軽口が消える。
レオも反射で腰へ手をやった。
武器。
慣れていない動きだった。
主がぼそりと言う。
「抜くな」
レオの動きが止まる。
「でも――」
「ここで役人の構えすんな」
低い声だった。
地下街の空気が変わる。
レオは数秒迷い、 ゆっくり手を下ろした。
ミナは既に物陰へ下がっている。
早い。
ログだけが、 壁へ寄りかかったまま前を見る。
かなり格好つけていた。
本人だけは。
暗闇の奥から、 人影が現れる。
二人。
痩せた男達だった。
濡れた外套。
水路の匂い。
片方が《鴉樽》を見る。
そして、 レオを見た瞬間、 目が変わった。
「……表か?」
空気が冷える。
ログが口を開くより早く、 主が前へ出た。
「うちのだ」
数秒の沈黙。
男達は主を見る。
そして、 何も聞かなかった。
地下街だった。
片方の男が低く言う。
「東側、閉じる」
主は煙を吐く。
「完全にか」
「もう通れねぇ」
ログが眉を寄せる。
「何があった」
男達は少し黙る。
やがて、 水路側を振り返りながら言った。
「下が動いた」
その瞬間。
通路の空気が変わる。
ログは顔をしかめた。
「……下?」
誰もすぐには答えない。
ミナだけが、 少し強張った顔をする。
地下街には、 更に下がある。
噂だけは、 聞いた事があった。
主が静かに煙を吐く。
その横顔から、 初めて少しだけ余裕が消えていた。




