第2章 東側の噂 ⑦
裏通路へ冷たい水の匂いが流れていた。
役人見習い――レオは、 暗闇の奥を警戒したまま立っている。
地下街に慣れていない立ち方だった。
ログは壁へ寄りかかったまま、 それを見ていた。
「……アンタ、ほんとに役人側か?」
レオが視線を向ける。
「何で」
「警戒の仕方が素人っぽい」
ミナがぼそりと言う。
「下働きよりはマシ」
「お前どっちの味方だよ」
レオが少し吹き出す。
だが、 すぐに表情を戻した。
「役人側にも色々居る」
「便利な言葉だな」
ログは煙を吐く。
レオは小さく息を吐いた。
「正式な連中は地下街へ降りない」
「怖ぇから?」
「死ぬからだ」
即答だった。
通路が静かになる。
地下街の水音だけが響く。
レオは続けた。
「だから、消えた人間も数でしか見ない」
ログの顔から少し笑いが消える。
「……アンタは違うのか」
レオは少し黙った。
やがて、 低く言う。
「妹が居た」
ミナが顔を上げる。
レオは暗い通路を見たまま続けた。
「三年前に消えた」
誰も口を挟まない。
酒場の笑い声だけが遠く聞こえる。
「探しても、“記録に無い”で終わった」
レオが苦く笑う。
「だから勝手に探ってる」
ログはしばらく黙っていた。
そして、 壁から身体を起こす。
「……馬鹿だな」
レオが少し目を細める。
「よく言われる」
「地下街に一人で来る奴は大体馬鹿だ」
ミナが小さく言う。
「下働きも」
「お前もうそれ気に入ってるだろ」
ミナが少しだけ笑う。
その時だった。
通路奥。
水路側から、 小さな音がした。
全員の顔が変わる。
主だけが動かない。
煙草の火だけが、 暗闇で静かに揺れていた。
そして低く言う。
「……来たな」




