第十二章 ④
王都で大勢の貴族や軍の幹部が拘束されたという話は、地下街にも届いていた。
最初は噂だった。
最高司令官が捕まったらしい。
貴族の屋敷に王宮の騎士が押しかけたらしい。
軍の偉い連中が、まとめて連れていかれたらしい。
話す者によって人数も名前も違ったが、何か大きなことが起きたのは確からしかった。
数日後、レオが持ち帰った知らせによって、その噂の一部が事実だと分かった。
「機構の件は、正式に調査が終わったそうです」
《鴉樽》の二階。
いつもの顔ぶれが集まったところで、レオはそう切り出した。
「関与した軍属と貴族は拘束されました。施設の運用も、完全に停止することが決まっています」
「今度こそ、本当に終わりか?」
古参が尋ねた。
「はい。残された設備と記録は王宮の管理下に置かれます。軍が勝手に動かすことはできません」
「そうか」
古参は短く答え、椅子に深く腰掛けた。
十九年前、地下で見つけた機構。
閉鎖されたはずだった施設。
そこから続いていた問題が、ようやく片づいた。
「長かったなあ」
常連の一人が呟いた。
「そもそも、あいつが迷子にならなきゃ見つからなかったんだろ?」
「そうですね」
レオは苦笑した。
「で、最後は王様を助けたんだよな」
「そうですね……」
「何なんだ、あいつ」
誰も答えなかった。
その当人は、少し離れたところでヴィクと菓子を食べていた。
「ログ、これ」
「ん?」
「半分こ」
「おう」
ヴィクが差し出した焼き菓子を、ログが受け取る。
「うまいな」
「うん!」
王宮から持ち帰った菓子は、すでにほとんど残っていなかった。
ヴィクは最後の一つを大事そうに食べている。
「……お前、話聞いてるか?」
古参が声をかけた。
「聞いてるぞ」
「何の話だ?」
「機構が終わったんだろ?」
「分かってるじゃねえか」
「よかったな」
ログはそう言って、残った菓子を口に入れた。
レオがため息をつく。
「本当に、それだけですか」
「ほかに何かあんのか?」
「……いえ」
ログにとっては、終わったならそれでよかった。
機構がどうなったのか、誰が捕まったのか。
気にならないわけではないが、自分が口を出すことでもない。
ヴィクが安心して暮らせるなら、それで十分だった。
その日の夕方。
《鴉樽》の入口に、見慣れない男が現れた。
きちんとした服装に、整えられた髪。
地下街の酒場には、あまり似つかわしくない姿だった。
「こちらに、ログという方はいらっしゃいますか」
店内の視線が、一斉に男へ向いた。
主人が手を止める。
「……何の用だ」
「王宮より参りました。ログ殿にお渡ししたいものがございます」
店内が静かになった。
「王宮?」
常連の一人が顔をしかめる。
「この間、帰ってきたばっかりだぞ?」
「承知しております」
男は丁寧に答えた。
「今回は、王太子殿下からのお召しでございます」
「……王太子?」
レオが椅子から立ち上がった。
「陛下ではなく、殿下からですか」
「はい」
男は封書を取り出した。
封には王家の紋章が押されている。
「ログ殿はいらっしゃいますか」
「おーい、ログ!」
常連が二階へ向かって声を張り上げた。
しばらくして、階段の上から返事があった。
「何だー?」
「王宮からお客さんだ!」
「……は?」
足音が近づいてきた。
ログはヴィクを連れて階段を下りてくると、入口に立つ男を見た。
「俺?」
「はい。ログ殿でいらっしゃいますね」
「そうだけど」
男は封書を差し出した。
「王太子殿下より、登城のご命令をお預かりしております」
「……王太子?」
「はい」
「王様じゃなくて?」
「王太子殿下でございます」
ログは封書を受け取り、表と裏を眺めた。
それからレオを見る。
「なあ」
「何ですか」
「王太子って、王様の息子だよな?」
「そうですよ」
「俺、会ったことねえぞ?」
「私も、あなたが殿下にお会いしたという話は聞いていません」
「じゃあ、何で?」
レオにも分からなかった。
使者は姿勢を正したまま待っている。
「登城の日時はこちらに記されております。お迎えの馬車を手配いたしますので、当日はご準備をお願いいたします」
「……また王宮?」
「はい」
ログは封書を見つめた。
前に行ったときは、酒樽を運ぶ手伝いのはずだった。
それが王様を襲った男を捕まえることになり、なぜか五日も王宮に泊まった。
今度は王太子から呼ばれている。
何が何だか分からない。
「ログ?」
隣でヴィクが服の裾を引いた。
「また、おでかけ?」
「……らしいな」
「おかし?」
「いや、今度は分かんねえ」
ヴィクは少し残念そうな顔をした。
その様子を見て、常連の一人が吹き出した。
「おい、今度はちゃんと帰ってこいよ!」
「帰ってきただろ!」
「五日も泊まってたじゃねえか!」
「飯うまかったぞ」
「そういう話じゃねえ!」
レオが額を押さえた。
「ログ。今度は余計なことをしないでくださいよ」
「何だよ、余計なことって」
「分からないなら、なおさら心配です!」
ログは首を傾げた。
王太子。
王様の息子。
会ったこともない相手から、突然呼び出された。
ログはもう一度、封書を見た。
「……俺、また何かした?」




