第十二章 ①
王が軍の研究施設について調査を命じてから、二か月が経っていた。
その間、王直属の調査官たちは、過去の記録を集め、関係者への聞き取りを進めていた。
十九年前に出された機構の利用禁止命令。
十七年前に提出された施設の閉鎖完了報告。
そして、四年前に出された子供の捜索命令。
調査が進むにつれ、これらが別々の出来事ではないことが明らかになっていた。
王宮の執務室では、数名の調査官が報告のために控えていた。
「始めよ」
王の言葉を受け、調査責任者が一歩前へ出た。
「まず、十九年前に閉鎖を命じられた施設についてご報告いたします」
机の上に、一冊の報告書が置かれた。
「当時、軍は陛下の命令を受け、機構の利用を停止しております。しかし、施設のすべてを閉鎖したわけではありませんでした」
「続けよ」
「表向きは閉鎖作業を進めながら、一部の設備と人員を残しておりました。その後、規模を縮小して運用を継続しております」
「十七年前の完了報告は」
「虚偽でございます」
王は報告書に目を落とした。
十七年前、軍から提出された閉鎖完了報告には、当時の責任者たちの署名が並んでいる。
王はその報告を受け、機構に関する処理は終わったものと考えていた。
「関与した者は特定できたか」
「はい。軍属、貴族を含め、現在確認できる関与者はすべて名簿にまとめております」
別の書類が差し出された。
そこには、十九年前から現在までの関係者が、役割ごとに整理されていた。
「ただし、証拠となる記録のおよそ半数は失われております」
「火災や経年によるものか」
「いいえ。意図的に処分されたと判断できるものが多数ございます」
調査官は、処分された記録の一覧を開いた。
保管台帳には存在するはずの文書が、実際の保管庫にはない。
別の部署に残された写しには、廃棄の指示が記されている。
日付を遡って処分されたものもあった。
「誰が命じた」
「一部については、命令者を確認しております。残りは処分経路が不明ですが、現存する記録と証言により、関与者の特定に支障はございません」
「現最高司令官は」
「関与が確認されております」
調査官は一枚の書類を取り出した。
「四年前の捜索命令は、本人の指示によって発せられたものでした。署名の照合に加え、命令を受けた者の証言も得ております」
「目的は」
「機構に関係する子供の所在確認です。ただし、捜索対象の詳細については、記録が処分されております」
王はしばらく黙っていた。
「……十九年前に禁止したものを、今日まで続けていたということか」
「はい」
「しかも、私には閉鎖したと報告していた」
「そのとおりでございます」
王は報告書を閉じた。
「次を」
調査責任者が別の書類を開いた。
「続きまして、二か月前に発生した陛下への暗殺未遂事件についてご報告いたします」
王の表情が変わった。
あの日、王宮内で刃物を持った男が襲いかかろうとした。
偶然その場に居合わせた男が取り押さえたため、王に怪我はなかった。
捕らえられた実行犯の取り調べは、その日のうちに始まっていた。
「実行犯への指示は、複数の人物を経由しておりました。資金の流れと関係者の証言を照合した結果、計画に関与した高位貴族を特定しております」
「目的は」
「陛下を排除し、王太子殿下を即位させることです」
「……あれをか」
王は思わず呟いた。
調査官は聞こえなかったふりをして、報告を続けた。
「王太子殿下は政治への関心が薄く、貴族たちの意向に従うと考えられていたようです」
「それで、私を殺そうとしたのか」
「はい。王太子殿下の即位後、機構の利用禁止命令を撤回させる計画でございました」
王は机に置かれた二冊の報告書を見比べた。
「つまり、機構の利権か」
「そのとおりでございます」
十九年前、機構の利用が禁止されたことで、利益を失った貴族たちがいた。
軍は命令に背いて設備を維持していたが、以前のように大規模な運用はできなかった。
限られた利益を得るだけでは満足できない者たちが、王の交代を望んだ。
その結果が、二か月前の暗殺未遂事件だった。
「王太子は関与しているのか」
「現時点で、殿下が計画を知っていた事実は確認されておりません」
「そうか」
王は短く答えた。
調査責任者が最後の書類を差し出す。
「こちらが、両事件に関与した者の名簿でございます。軍属と貴族を分けておりますが、一部には両方に関与した者もおります」
王は名簿を受け取り、目を通した。
見覚えのある名前がいくつもあった。
長く軍に仕えてきた者。
王宮へ出入りしていた貴族。
かつて機構の閉鎖を報告してきた者たち。
その中には、現在も高い地位にある者が含まれていた。
「……全員、確かなのだな」
「はい。残された証拠と証言によって、関与を確認しております」
「逃亡の兆候は」
「現在のところ確認されておりません。ただし、調査の存在に気づいた者がいる可能性はございます」
王は名簿を机に置いた。
「ならば、これ以上待つ必要はない」
調査官たちが姿勢を正した。
「関与した者は、身分、官職を問わず拘束せよ」
「はっ」
「軍の指揮系統については、拘束と同時に代行者を置く。命令が途切れぬよう手配しておけ」
「承知いたしました」
「証拠はすべて王宮の管理下に移せ。残された記録を、これ以上一枚たりとも失わせるな」
調査責任者が深く頭を下げた。
「直ちに手配いたします」
王は椅子に背を預けた。
十九年前、自ら禁止を命じた機構。
その命令が守られていなかったばかりか、利益を取り戻すために自分の命まで狙われた。
関与した者たちは、王が気づかないと思っていたのだろう。
実際、十七年間も虚偽の報告を信じていた。
「……王太子にも知らせよ」
退出しかけていた側近が足を止めた。
「殿下に、でございますか」
「ああ。自分を王に据えるために何が行われたのか、知っておくべきだ」
「承知いたしました」
王は再び報告書を開いた。
拘束の命令は出した。
だが、これで軍が元どおりになるわけではない。
最高司令官を含む多数の関係者が処分されれば、軍の内部にも大きな混乱が生じるだろう。
その立て直しについては、これから考えなければならなかった。
王は名簿の一番上に記された名前を見つめた。
まずは、長年続いた不正を終わらせる。
そのための命令は、すでに王宮を出ていた。




