閑話② 軟禁生活
ログが案内された部屋には、大きな寝台があった。
壁際には衣装棚と机が置かれ、窓のそばには椅子が二脚。床には厚い絨毯が敷かれている。
「……ここ?」
「こちらでお過ごしいただきます」
案内してきた騎士が扉を開けたまま答えた。
「外出は許可されておりません。必要なものがあれば、扉の外にいる者へお申しつけください」
「飯は?」
「お部屋へお運びします」
「風呂は?」
「湯浴みの用意もいたします」
「へえ」
ログは部屋へ入り、寝台に腰を下ろした。
柔らかい。
試しに身体を倒してみる。
背中が沈んだ。
「……おお」
「何かございましたか?」
「いや、すげえな、これ」
寝返りを打ってみた。
どこにも硬いところがない。
枕まで柔らかかった。
「……これ、寝ていいんだよな?」
「もちろんでございます」
「じゃ、ちょっと寝る」
「夕食の際にお声がけいたします」
「あいよ」
騎士が扉を閉めた。
ログは天井を見上げた。
王宮に入ったときは、こんなことになるとは思っていなかった。
酒屋の手伝いとして樽を運び、レオからの連絡を待つ。
正規の手続きが止められた場合に備えて、別の経路から証拠を届ける。それが自分の役目だった。
ところが、昼飯を食べていたら怪しい男を見つけ、後をつけた先で王が襲われそうになった。
止めたら捕まった。
レオたちは王に会えた。
自分だけ帰れなくなった。
「……まあ、いいか」
飯も出る。
寝る場所もある。
何より、この寝台は気に入った。
ログは目を閉じた。
次に起こされたのは、夕食の時間だった。
運ばれてきた料理を見て、ログは椅子に座り直した。
肉の煮込みに焼いた魚、野菜の料理が二皿。白いパンと温かいスープまでついている。
「……これ、全部俺の?」
「はい」
「他に誰か来んの?」
「いいえ」
「じゃ、食っていいんだな?」
「どうぞ」
ログは早速パンを手に取った。
うまい。
肉も柔らかい。
魚には骨がほとんど残っておらず、野菜も味がしっかりついている。
朝から樽を運び、王宮を歩き回り、最後には人まで取り押さえたのだ。腹は減っていた。
ログはあっという間に皿を空にした。
「おかわりある?」
給仕が一瞬だけ目を丸くした。
「何をお持ちいたしましょうか」
「肉」
「承知いたしました」
本当に追加が来た。
ログは感心した。
王宮というのは、なかなかいいところらしい。
翌朝、事情聴取が始まった。
やってきた役人は、机の向こうに座ると書類を広げた。
「まず、王宮へ入った経緯を確認します」
「酒屋の荷車」
「商人の名前は?」
ログは答えた。
どこから入ったか、誰に会ったか、厨房で何をしていたか。
聞かれたことを順番に話していく。
「では、なぜ厨房から離れたのですか」
「腹減ったから」
「……食事のために?」
「そう」
「その後、不審な男を発見したと」
「ああ」
「なぜ不審だと思ったのですか」
「人が来るたび隠れてたから」
役人は書類に何かを書き込んだ。
ログはその手元を眺めていた。
質問は昼前まで続いた。
途中で同じことを何度か聞かれたが、答えは変わらなかった。
男が何者なのかは知らない。
王がそこを通ることも知らなかった。
刃物を出したから止めた。
それだけだった。
「本日の確認は以上です」
「帰っていい?」
「身柄については、上の判断をお待ちください」
「ふーん」
ログは部屋へ戻った。
昼飯が用意されていた。
午後は寝た。
二日目も、朝から食事が運ばれてきた。
午前中に別の役人が来て、前日と似たようなことを聞いていった。
昼には焼いた肉と野菜の料理が出た。
午後には湯浴みもできた。
三日目になると、事情聴取はなくなった。
ログは朝飯を食べ、窓の外を眺め、それから寝台へ戻った。
昼飯の後も寝た。
夕方には菓子が出た。
「……うま」
小さく焼かれた菓子には、甘い果実が入っていた。
ログは一つ食べ、もう一つ取った。
残りを見て、ふと思った。
ヴィクに食わせたら喜びそうだ。
「なあ、これ持って帰っていい?」
給仕が顔を上げた。
「お菓子でございますか?」
「ああ」
「お持ち帰りになるのでしたら、包みをご用意いたします」
「じゃ、頼む」
菓子を包んでもらい、机の上に置いた。
その日の夜も、ログはふかふかの寝台で眠った。
四日目。
朝飯を食べ終えたところで、ログは扉の外にいた騎士へ声をかけた。
「なあ、俺、まだ帰れねえの?」
「釈放の指示は届いておりません」
「そっか」
ログは部屋へ戻った。
しばらく寝台に座っていたが、やることがない。
王宮の外へ出ることはできないし、部屋の中に面白そうなものもない。
寝るのも飽きてきた。
それでも昼飯はうまかった。
五日目。
ログは朝から窓の外を眺めていた。
庭では使用人たちが働いている。
遠くの通路を騎士が歩いていく。
見ているだけなら、どちらも昨日と変わらない。
「……暇だな」
寝台へ戻り、横になる。
しばらくして起き上がった。
また寝るのも何だか面倒だった。
昼食の後、茶と一緒に菓子が運ばれてきた。
今日は薄く焼いた生地の間に甘いものが挟まっている。
一口食べて、ログは顔を上げた。
「これ、うめえな」
「ありがとうございます」
「ヴィク、好きそうだな」
「ヴィク様でございますか?」
「うちの子。四歳」
「そうでございましたか」
ログは残った菓子を見た。
机の上には、三日目に包んでもらった菓子も置いてある。
帰る頃には、あれも古くなっているだろう。
「なあ」
「はい」
「これ、届けてもらえねえ?」
「お届け、ですか?」
「《鴉樽》ってとこにいるんだけど。ヴィクに食わせたいんだよ」
給仕は困ったように首を傾げた。
「王宮の外へのお届け物につきましては、私の判断では……」
「駄目?」
「確認が必要でございます」
「じゃ、聞いてみてくれよ。俺が帰れねえなら、菓子だけでも届けてほしいんだ」
「承知いたしました」
給仕は菓子を下げずに部屋を出ていった。
その日の午後、客室を管理する係のもとへ、一件の問い合わせが届いた。
王宮に留め置かれている男が、菓子を外へ届けたいと言っている。
係は記録を確認した。
王からは、必要なものを与えてよいとの指示が出ている。
食事や衣服、湯浴みについては問題ない。
しかし、王宮の外へ物を届けることまで許されているのかは分からなかった。
そこで、上役へ確認を求めた。
上役も記録を調べたが、判断できなかった。
そもそも、その男は暗殺未遂事件の重要参考人として留め置かれている。
事情聴取が終わったという報告は受けていた。
身元の確認も済んでいる。
侵入経路についても、必要な調査は終わっていた。
だが、釈放の指示は記録に残っていない。
「……まだ滞在しているのか?」
「はい」
「確認は終わっているはずだが」
「退去の命令がございませんので」
上役は書類を見直した。
事情聴取を担当した部署は、確認を終えた時点で報告を上げていた。
報告を受けた者は、必要な確認が済んだことを承知していた。
だが、釈放については別の担当が処理するものと思っていたらしい。
その担当も、正式な指示が来るのを待っていた。
結果、ログは客室に残ったままだった。
上役はしばらく考えた末、さらに上へ報告を回した。
翌朝。
王は執務室で、暗殺未遂事件に関する報告を受けていた。
捕らえた男の供述。
侵入経路の確認。
王宮内で接触した人物の調査。
まだ調べるべきことは多かった。
報告が一段落したところで、側近が別の書類を差し出した。
「陛下、もう一点、ご確認いただきたいことがございます」
「何だ」
「先日、賊を取り押さえた男についてでございます」
「……ああ、ログだったか」
「はい」
「何か分かったのか」
「いえ。その者より、王宮の菓子を子供へ届けたいとの申し出がございまして」
王は顔を上げた。
「菓子?」
「はい。本人がまだ帰れないため、代わりに届けてほしいと」
「……まだ帰れない?」
「現在も、王宮の客室に滞在しております」
王はしばらく側近を見ていた。
「……まだいたのか?」
「はい」
「事情聴取は?」
「終了しております」
「身元は?」
「確認済みでございます」
「では、なぜ帰していない」
側近は書類に目を落とした。
「釈放の指示が出ておりませんでした」
「…………」
王は額に手を当てた。
「私は、必要な確認が済めば帰すものと思っていた」
「担当部署も、その認識だったようでございます」
「では、誰が止めていたのだ」
「止めていた者はおりません。ただ、帰してよいという命令も出ておりませんでした」
王はしばらく黙っていた。
やがて、深く息を吐いた。
「……すぐに帰してやれ」
「承知いたしました」
「それから、菓子も用意してやりなさい」
「どの程度でございましょう」
「子供への土産だろう。適当に見繕えばよい」
「かしこまりました」
その日の昼過ぎ、ログの部屋へ騎士がやってきた。
「ログ殿」
「おう」
「お帰りいただけることになりました」
「お、やっとか!」
ログは寝台から起き上がった。
「じゃ、荷物まとめるわ」
「お手伝いいたします」
「大丈夫。そんなにねえし」
机の上に置いていた菓子の包みを手に取る。
そのとき、別の使用人が大きな箱を持って入ってきた。
「こちらをお持ちください」
「何?」
「陛下より、お子様へのお土産でございます」
箱を開けると、中には菓子がぎっしり詰まっていた。
焼き菓子に砂糖をまぶした果実、色とりどりの小さな菓子まである。
「……おお!」
「お口に合えばよろしいのですが」
「絶対喜ぶ!」
ログは箱を受け取った。
思ったより重い。
だが、これならヴィクだけでなく、ミナや《鴉樽》の連中にも分けられそうだった。
「王様にありがとなって言っといて!」
騎士が一瞬、返事に詰まった。
「……お伝えいたします」
「ああ!」
ログは機嫌よく部屋を出た。
五日間世話になった騎士たちに手を振り、案内に従って王宮の外へ向かう。
門を出る頃には、昼を少し過ぎていた。
久しぶりの外だ。
ログは大きく伸びをした。
「さて、帰るか!」
腕には、王宮からもらった菓子の箱。
腹はいっぱい。
身体も十分休まった。
何より、ヴィクへの土産ができた。
こうしてログは、王宮での五日間の軟禁生活を終えた。
王の暗殺を阻止した男は、たっぷりの菓子を抱え、上機嫌で《鴉樽》へ帰っていった。




