第11章 ㉑
王はレオを見つめていた。
「研究が続いていたというのは、どういうことだ」
「閉鎖を命じられた施設とは別の場所で、研究が引き継がれておりました」
レオが答えると、院長代理が次の書類を差し出した。
「こちらは、その後の研究に関わる記録でございます。ただし、原本との照合が完了していないものも含まれております」
王は書類を受け取り、順に目を通した。
研究の内容。
使用された設備。
関係する人員。
いくつかの記録には、施設を移した後も研究が継続されていたことが記されていた。
「……閉鎖したのは、建物だけだったということか」
「少なくとも、研究そのものは終わっておりません」
レオはそう答えた。
王はしばらく黙っていた。
やがて、十七年前の完了報告を取り上げる。
「この報告に署名した者は?」
古参が一歩前へ出た。
「当時、軍の研究部門を統括していた人物です。現在の総司令官の義父に当たります」
王が顔を上げた。
「……義父か」
「はい」
王は書類を机に置いた。
「続けなさい」
院長代理が別の記録を差し出した。
「こちらは四年前、軍から出された捜索命令でございます」
「捜索?」
「当時、研究施設から逃れたとみられる子供について、捜索を命じたものです」
王は書類に目を落とした。
そこには、対象となる子供の特徴と、発見した場合の対応が記されていた。
「……四年前?」
「はい」
「十七年前に閉鎖したはずの研究施設から、なぜ四年前に子供が逃げる?」
誰もすぐには答えなかった。
王はさらに書類を読み進めた。
末尾にある署名で、手を止める。
「これは、現総司令官の名だな」
「はい」
古参が答えた。
「本人の署名であることは、記録院で確認しております」
王は夫人へ目を向けた。
「そなたは、この命令を知っていたのか」
「命令の内容を知ったのは、後になってからでございます」
夫人は落ち着いて答えた。
「ですが、夫の署名であることは確認しております」
「夫から説明は受けたか」
「いいえ。研究の内容について、夫から詳しい説明を受けたことはございません」
王は頷き、再び書類を見た。
「では、そなたにも分からぬことがあるのだな」
「はい」
夫人は頭を下げた。
「ですから、私が確認できたことだけをお伝えしております」
王はしばらく何も言わなかった。
机の上には、十九年前の王命、十七年前の完了報告、そして四年前の捜索命令が並んでいる。
それぞれの書類だけを見れば、別々の時期に作られた記録だ。
だが、並べてみれば疑問が残る。
停止を命じた研究が、なぜ続いていたのか。
完了したはずの施設に、なぜ子供がいたのか。
そして、誰がそれを認めていたのか。
「……総司令官は、この研究についてどこまで知っていた」
王が尋ねた。
古参が答える。
「現時点では、四年前の捜索命令に署名したことまでしか確認できておりません」
「研究の継続を命じた証拠は?」
「まだございません」
「そうか」
王は短く答えた。
そのまま、傍らに控えていた側近を呼ぶ。
「この件について、軍にはまだ問い合わせるな」
側近が頭を下げた。
「承知いたしました」
「まず、記録を保全する。十九年前の命令から現在まで、関係する記録をすべて確認させよ。軍の保管するものについても、所在を調べておくこと」
「はい」
「調査は私の直属で行う。軍の指揮系統は通すな」
側近は表情を引き締めた。
「人選は慎重に進めます」
「それから、今日提出された資料については、記録院で引き続き確認を進めるように」
院長代理が頭を下げる。
「承知いたしました」
王は古参とレオへ向き直った。
「そなたたちにも、改めて話を聞くことになる」
「はい」
「今日はここまでとする。確認が必要になれば、こちらから呼ぶ」
レオはようやく息をついた。
朝から続いていた手続きが、ひとまず王の判断にまで届いた。
すべてが終わったわけではない。
むしろ、これから本格的な調査が始まるのだろう。
それでも、ようやく動き出した。
古参も静かに頭を下げた。
夫人は少しだけ肩の力を抜いている。
そのときだった。
「……なあ」
部屋の隅から声がした。
全員がそちらを見た。
ログだった。
両手を縛られたまま、三人の騎士に囲まれている。
「話、終わった?」
隣の騎士が顔をしかめた。
「静かに」
「いや、終わったんなら聞きてえことがあんだけど」
レオが慌てて口を開いた。
「ログ、今は……」
「俺、いつ帰れんの?」
室内が静かになった。
王は一瞬、何を言われたのか分からないような顔をした。
それから、ログの両手に目を向けた。
「……まだ拘束していたのか」
護衛の一人が頭を下げる。
「陛下。こちらの者は、王宮への侵入経路も含め、確認が済んでおりません」
「そうだったな」
王は頷いた。
「縄は解いてよい。ただし、身元と行動についての確認は続けるように」
「はっ」
騎士がログの手首の縄を解いた。
ログはようやく自由になった両手を動かした。
「……やっとかよ」
「ログ」
レオが小声で呼んだ。
「何だよ」
「少しは言葉を選んでください」
「選んでるだろ」
古参が横でため息をついた。
王はそのやり取りを見てから、護衛に尋ねた。
「この者の確認には、どれほどかかる」
「現時点では申し上げられません。侵入経路の確認に加え、賊を追跡していた際の行動についても聴取が必要です」
「そうか」
王はログへ向き直った。
「申し訳ないが、そなたにはもうしばらく王宮に留まってもらう」
「……は?」
「事情が明らかになるまでは、帰すわけにはいかぬ」
ログはレオを見た。
レオは目を逸らした。
古参も、なぜか書類の方を見ている。
「……おい」
「何ですか」
「お前らは?」
「私たちは、いったん帰ってよいそうです」
「何で!?」
隣の騎士が一歩近づいた。
ログは慌てて口を閉じた。
王は護衛へ指示を出した。
「客室を一つ用意しなさい。必要なものは与えてよい。ただし、部屋の外には見張りを置くこと」
「承知いたしました」
ログはしばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「……俺、王様助けたよな?」
レオは返事に困った。
古参が額を押さえた。
王は少しだけ苦笑した。
「それについては、感謝している」
「じゃあ、帰してくれよ」
「それとこれとは別だ」
「……だよなあ」
ログは諦めたように肩を落とした。
こうして、十九年前の研究に関する報告は、ようやく王のもとへ届いた。
レオたちは王宮を後にすることになった。
そしてログだけが、王宮に残されることになった。




