第11章 ⑰
男は廊下の突き当たりで右へ曲がった。
ログも少し遅れて角まで進み、向こうを覗いた。
長い廊下が続いている。先ほどまでと違って、壁には絵が掛けられ、窓の間には飾り棚が置かれていた。
厨房の近くとは、ずいぶん雰囲気が違う。
「……こっち、何があんだ?」
男は迷わず進んでいく。
ログは距離を保ったまま、その後を追った。
しばらくすると、男が足を止めた。
向こうから衛兵が来る。
男はすぐ脇の通路へ入り、姿を消した。
ログも手前の柱の陰に入る。
衛兵が通り過ぎるまで待っていると、男が通路から出てきた。
また歩き始める。
ログも動いた。
何度か同じことを繰り返すうちに、ログにも分かってきた。
男は道に迷っているわけではない。
人が通る場所も、衛兵が巡回する方向も、ある程度知っているらしい。
誰かとすれ違いそうになるたびに、先回りして姿を隠している。
「……何だよ、あいつ」
ログは小さく呟いた。
王宮の人間なら、こんな歩き方をする必要はない。
だからといって、泥棒とも限らない。
何かを盗んだなら、さっさと外へ向かうはずだ。
ところが男は、建物の奥へ進んでいる。
途中で一度、男が立ち止まった。
前方の扉が開き、二人の役人が出てきたのだ。
男は近くの壁際へ寄り、飾り棚の陰に身を隠した。
ログも廊下の角へ引っ込んだ。
役人たちは書類を見ながら通り過ぎていく。
「午後の会議は?」
「予定どおりだそうです。陛下への報告が先になりますので」
「では、こちらを先に回しておいてください」
そんな会話が聞こえた。
ログは顔を上げた。
陛下。
王様のことだ。
そういえば、自分は王に証拠を届けるためにここへ来たのだった。
朝から樽を運び、昼飯まで食べて、すっかり厨房の手伝いになっていた。
レオたちは今頃どうしているだろう。
役人たちの足音が遠ざかると、男が動き出した。
ログも後を追う。
やがて廊下の先に、衛兵が二人立っているのが見えた。
その向こうには大きな扉がある。
男はそこへは近づかなかった。
手前の曲がり角へ入り、別の通路へ向かう。
ログも角まで進んだ。
男の姿は、もう少し先にあった。
今度は狭い通路だ。
窓は小さく、壁際には掃除道具が置かれている。使用人が通るための道なのだろう。
男はそこで上着の内側に手を入れた。
何かを取り出す。
ログは足を止めた。
男が手にしていたのは、細長い金属製の道具だった。
遠目なので、何なのかは分からない。
男はそれを確かめると、再び上着の内側へしまった。
「……おいおい」
ログは思わず声を漏らした。
何だ、今の。
鍵を開ける道具か。
それとも別のものか。
男は通路の先にある扉へ近づいた。
扉には鍵がかかっていたらしい。
男は上着の内側から先ほどの道具を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
少し手を動かす。
小さな音がして、扉が開いた。
ログは目を丸くした。
「……開けやがった」
男は周囲を確かめ、扉の向こうへ消えた。
ログはしばらく、その場所を見つめていた。
もう、ただの迷子ではない。
鍵のかかった扉を勝手に開けて、王宮の奥へ入っていった。
泥棒かもしれない。
だが、男が向かっているのは、どう考えても厨房や倉庫ではなかった。
ログは少し考えた。
衛兵を呼ぶべきだろうか。
しかし、自分も正規の手続きを踏んでここにいるわけではない。
どうしてこんな場所にいるのかと聞かれたら、説明が面倒だ。
それに、男が何をしようとしているのかも分からない。
「……もうちょっとだけ」
ログは扉へ近づいた。
男が開けた鍵は、まだかかっていない。
そっと扉を押すと、向こうには短い廊下が続いていた。
奥に、もう一つ扉がある。
その手前で男が立ち止まっていた。
ログは慌てて扉を閉めかけ、わずかな隙間から様子を窺った。
男は上着の内側を探っている。
今度取り出したのは、先ほどの細い道具ではなかった。
短い刃物だ。
男は刃を確かめ、袖の内側へ隠した。
ログの表情が変わった。
そのとき、奥の方から人の声が聞こえた。
「陛下、こちらへ」
男が顔を上げる。
ログも息を止めた。
陛下。
今、確かにそう聞こえた。
男は刃物を隠した腕を下ろし、奥の扉へ向かって歩き始めた。
「……まじかよ」
ログは小さく呟いた。
どうやら、とんでもない奴の後をつけてきたらしい。




