第11章 ⑫
レオと古参が戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
持ち帰った写しを机に広げる。
十九年前の停止命令。
軍からの移行申請。
王宮側が認めた期限。
新規登録の禁止。
児童を新たに軍の管理下へ置くことの禁止。
そして十七年前。
軍から提出された、関連事業整理完了報告。
夫人は署名欄を見た。
父の名前とその下に並ぶ実務担当者の中には、夫の名前もある。
しばらく見ていたが、やがて顔を上げた。
「夫は知っていたのですね」
「少なくとも、知らなかったとは言えません」
レオが答えた。
「停止命令の内容も、軍が完了したと報告したことも、その処理に自分が関わったこともです」
夫人は頷いた。
それ以上は何も言わなかった。
ログが別の紙を見る。
「じゃあ、これで揃ったか?」
古参が顔を上げる。
「何がだ」
「証拠」
「かなりな」
「じゃあ王様に渡せば終わりじゃん」
古参が黙った。
レオも黙った。
ログが二人を見る。
「何」
「どうやって渡す」
「王様、外出しねぇの?」
「出る」
「じゃあ、その時渡す」
「近づく前に捕まる」
「投げれば?」
「何を」
ログが机の横に置かれた箱を指した。
「箱」
古参が固まった。
レオが立ち上がる。
「待て!」
「何で」
「国王陛下に箱を投げるな!」
「当てねぇよ!」
「当たった場合の話をしている!」
白衣が箱を見る。
「木箱なら、当たり所によっては死ぬな」
古参が白衣を睨んだ。
「暗殺未遂になるだろうが!」
ログが少し考える。
「じゃあ横に」
「護衛が斬る!」
「箱を?」
「お前をだ!」
主が煙草を吸う。
「十九年前より悪化してんな」
常連の一人が頷いた。
「知恵ついたからな」
「何で俺が悪くなったみたいになってんの?」
誰も答えなかった。
古参が額を押さえながら椅子へ座る。
「まず、投げるという発想を捨てろ」
「……。」
「本当に分かっているか?」
「分かってるよ」
「なら箱から離れろ」
ログが一歩離れた。
古参は息を吐いた。
「問題は、王宮へ持っていけば済む話ではないということだ」
レオも座る。
「通常の報告経路を通せば、何人もの役人を経由します」
「途中で止められるか?」
「可能性はある」
夫人が言った。
「夫が王宮側の全員を動かせるとは思いません。ただ、軍に近い者が誰なのか、私たちには分かりません」
「十九年か」
ログが言った。
「十九年だ」
古参が答える。
誰が知っていて、誰が知らなかったのか。
誰が今も関わっているのか。
まだ全部は分からない。
ならば途中へ預けるわけにはいかない。
王本人か少なくとも、王のすぐ近くまで。
証拠を持っていく必要がある。
「入ればいいんじゃね?」
古参がゆっくり顔を上げた。
「どこへ」
「王宮」
「どうやって」
「そこを今から考えるんだろ?」
古参はしばらくログを見た。
「お前は簡単に言うな」
「でも地下の時も入ったし」
レオが振り向いた。
「入った?」
「ほら。十九年前」
「お前、あれを入ったと言うのか」
古参が二人を見る。
「どうやって入った」
ログとレオが黙った。
主が煙草を吸う。
白衣が二人を見る。
古参がもう一度聞いた。
「十九年前、お前たちはどうやって地下施設へ入った」
ログが答えた。
「落ちた」
「何?」
「床が抜けた」
古参がレオを見る。
「お前もか」
「巻き込まれました」
「二人で?」
「はい」
ログが口を挟む。
「でも途中までは合ってたんだよ」
レオが振り向いた。
「十九年前と同じことを言うな!」
「だって合ってただろ。最深部には近づいてたし」
「お前は『空気で分かる』と言って走った!」
「分かったよ」
「落ちただろうが!」
「たまに外れるんだよ!」
近くの常連が笑う。
「たまに?」
ログがそちらを見る。
「何だよ」
「昔、一日に二回落ちたことあっただろ」
「いつの話だよ!」
「十九年前」
「覚えてない!」
「案内してる途中だったぞ」
別の常連まで笑い始める。
「新人に『地下街は空気で読む』って説明して、そのまま落ちた」
ログが黙った。
主が煙草を吐く。
「こいつに潜入を任せるな」
「最初からそのつもりです」
レオが即答した。
「何で!?」
「今の話を聞いて、なぜ任せられると思う!」
「今はそんな落ちないよ!」
「そこじゃない!」
古参が机を叩いた。
「話を戻すぞ!」
笑っていた常連たちが少し静かになる。
古参は王宮記録院から持ち帰った書類を一枚取った。
「王宮へ入るだけなら、方法はある」
ログが身を乗り出す。
「あるじゃん」
「お前は座れ」
「座ってる」
「身を乗り出すな」
ログが戻る。
古参は続けた。
「王宮の外郭までは、今日私たちが入った。問題はその先だ」
王宮記録院。
政務部門。
各部署から届く報告。
そこから王宮内部へ運ばれる文書もある。
当然、すべてが王へ届くわけではない。
担当官で止まるもの。
政務官へ回るもの。
確認だけで保管されるもの。
だが中には、王本人の確認を必要とするものもある。
「十九年前の命令は、王自身が出したものだ」
古参が停止命令を指した。
「その命令が履行されていなかったという報告なら、本来は王へ上げるべき案件になる」
「じゃあ普通に出せばいいじゃん」
「だから、その普通の途中が信用できんと言っている」
「面倒くせぇ」
「国とはそういうものだ」
白衣が頷く。
「研究所もそうだった」
「お前のところは別の意味で面倒だったんだ」
古参は続けた。
「ただし、王の確認を必要とする文書には、専用の扱いがある。封をした後、受領記録を残し、担当部署を経て内側へ運ばれる」
レオが聞く。
「途中で開かれますか」
「確認はされる。だが、正式な封印と記録があれば、勝手に消すのは難しい」
「難しいだけ?」
ログが聞く。
「ああ」
古参は即答した。
「絶対ではない」
全員が黙る。
それでは足りない。
十九年間書類の名前を変え、部署や予算を変え、王から隠した者たちだ。
難しい、では駄目だった。
「なら」
主が言った。
「中まで持ってけ」
古参が見る。
「簡単に言うな」
「途中に置くから消される」
主はそれだけ言った。
ログが頷く。
「やっぱり入ればいいんじゃん」
「お前は黙っていろ」
「何で俺だけ!」
レオが考えている。
「記録院から内側へ運ぶ便に、こちらで最後まで付くことは?」
「普通は無理だ」
「普通じゃなければ?」
古参がレオを見る。
しばらく黙った。
「……一つある」
ログがまた身を乗り出した。
古参が指を差す。
「お前は動くな」
「まだ何もしてない」
「これからする顔をしている」
「どんな顔だよ」
古参は無視した。
「記録院から王宮内部へ入る人間は、役人だけではない」
書類。
備品。
食事。
修繕。
清掃。
日々、大勢の人間と物が王宮へ入る。
当然、出入りには確認がある。
だが毎日同じ場所へ出入りする者ほど、確認は決まった手順になる。
レオが気づいた。
「搬入ですか」
「ああ」
古参が頷いた。
「王宮へ物を運ぶ者に紛れる」
ログが笑った。
「潜るんだ」
「お前は行かん」
笑顔が消えた。
「何で!」
「軍がお前を名前で探している!」
「帽子変えれば」
「まだ言うか!」
主が煙草を灰皿へ落とした。
「誰が行く」
古参がレオを見る。
レオも古参を見る。
少し離れたところで、常連が酒を飲んでいる。
夫人は黙って書類を見ている。
白衣は箱を見ている。
ログだけが不満そうだった。
「俺、こういうの得意だぞ」
レオが言った。
「お前は十九年前、潜入ではなく落下した」
「入れたじゃん」
「結果論だ!」
常連が笑う。
「今回は床抜けねえといいな」
「だから俺も行くって!」
古参が立ち上がった。
「まず、王宮へ入る搬入経路を調べる」
「知ってるんじゃないの?」
「十九年前の話ならな」
「変わった?」
「変わっていなければ、その方が問題だ」
ログが少し考えた。
「じゃあ調べるか?」
主が常連を見る。
常連は酒を飲み干した。
「何人か知ってる」
古参が止まる。
「何を」
「王宮に出入りしてる商人」
別の常連が言う。
「厨房に酒入れてる奴もいるな」
さらに奥から声がした。
「修繕なら石工がいる」
古参が店内を見回した。
「……何人いるんだ、お前たちは」
誰も答えなかった。
ログが笑う。
「便利だろ?」
主が新しい煙草に火をつけた。
「調べろ」
常連たちが動き出す。
王宮へ入る道。
王へ届く道。
十九年前は、床が抜けた先にあった。
今度は違う。
自分たちで探す。
王まで。
証拠を持っていく道を。




