第11章 ⑪
レオと古参が出ていく準備をしている間、ログは店の中をうろうろしていた。
「俺も行った方がよくない?」
「よくない」
レオが答える。
「でも二人だけだろ?」
「二人で十分だ」
「何かあったら?」
「お前が来る方が何かある」
ログが止まった。
「ひどくない?」
近くにいた常連が、酒を飲みながらログを見る。
「お前、最近ちょっと若返ってねえか?」
ログが自分の頬を触った。
「そう?」
「顔じゃねえよ」
「じゃあ何」
「中身」
別の常連も振り向いた。
「十九年前みてえになってるぞ」
ログが眉を寄せる。
「俺、昔あんなだった?」
主が煙草を吸う。
「もっと酷かった」
白衣も頷いた。
「もっと酷かったな」
ログが二人を見る。
「お前ら盛ってるだろ」
常連が笑った。
「ほら、それ」
「何が?」
「それだよ」
「分かんない」
「だろうな」
レオが外套を着る。
「とにかく、お前はここにいろ」
「何で俺だけ」
「軍が名前で探しているからだ」
「変装すれば?」
「何をする気だ」
「帽子変えるとか」
「それは変装とは言わない」
古参が扉を開けた。
「行くぞ」
「俺の帽子、結構印象変わるけど」
「行くぞ!」
二人は《鴉樽》を出た。
◇
王宮記録院は、王宮の外郭にある。
王族の私的な記録を置く場所ではない。
各部署から王宮へ提出された報告。
王宮から出された命令。
その後の回答。
確認。
処理結果。
そうした行政記録を保管する場所だった。
入口で、古参は身分証を出した。
受付の役人が見る。
古参を見る。
もう一度、身分証を見る。
「……まだお持ちだったのですか」
「返せと言われていない」
「使われた記録も、かなり前ですが」
「使ってはいけないとは書いてない」
レオが横を見る。
ログと話している時より、古参の顔がずっと役人らしい。
受付の男はしばらく迷ったあと、帳簿を開いた。
「閲覧目的は」
「十九年前の軍関連命令と、その後の処理確認」
「部署は」
「王宮政務部門。軍務との往復記録も含む」
男の手が止まる。
「範囲が広いですね」
「だから来た」
受付の男は嫌そうな顔をした。
だが、拒否はしなかった。
閲覧許可が出る。
二人は奥へ通された。
古参が小さく息を吐く。
レオが聞く。
「通りましたね」
「私も驚いている」
「自信があったのでは?」
「あるふりはした」
「ログと変わりませんね」
古参が睨んだ。
「一緒にするな」
記録は、軍側で見たものより整っていた。
十九年前。
地下施設の機構停止。
関連事業の停止命令。
新規対象者の登録停止。
施設の段階的閉鎖。
既存対象者の管理解除。
ここまでは、すでに知っている。
二人は先へ進んだ。
軍からの回答。
急激な停止による混乱。
配置転換の困難。
既存対象者の生活支援。
機密情報の管理。
安全確保。
そのための移行期間を求める申請。
「これも見たな」
レオが言う。
「ああ」
古参は次を取った。
王宮側の回答。
移行期間の一部を認める。
ただし期限を定める。
新規登録は認めない。
新たな組み合わせも認めない。
子供を軍の管理下へ新たに置くことも認めない。
既存の子供については、軍外への移管を優先する。
レオが指で追う。
「明確ですね」
「ああ」
「四年前のヴィクは」
「どこにも入らん」
十九年前の時点で、新しい子供の登録は禁止されている。
軍による新たな管理も。
適性を理由とした継続も。
認められていない。
古参は次の書類を取った。
一年後。
軍から進捗報告。
対象者の整理。
施設の縮小。
人員の配置転換。
さらに翌年。
管理部門の廃止。
関連予算の終了。
残務処理。
その次。
レオの手が止まった。
「これ」
書類の上部に、大きく記されている。
関連事業整理完了報告。
古参が黙って読む。
停止命令に基づき。
対象者の移管を完了。
新規登録なし。
軍管理下に残る児童なし。
専用施設閉鎖。
関連部門廃止。
専用予算終了。
以後、通常業務内で必要な生活支援のみ実施。
「……終わったことになってる」
レオが言った。
古参は答えなかった。
完了年月。
十七年前。
十九年前に停止命令が出され。
二年後。
軍は王宮へ報告している。
終わりました、と。
レオが書類を見直した。
「だから」
「ああ」
古参が低く答える。
「王宮側の記録だけ見れば、終わっている」
その後の王宮記録に、専用事業は出てこない。
軍が報告した通りに施設は閉鎖。
部署は廃止、予算も終了。
だが実際には名前を変えた。
部署を分け予算を混ぜた。
人を移し十九年間続けた。
レオが完了報告を持ち上げる。
「命令を無視しただけじゃない」
「違うな」
「従ったと報告してる」
「ああ」
古参は署名欄を見た。
軍側の責任者。
複数の名前が並んでいる。
すでに亡くなった者。
退役した者。
これまでの記録で見た者。
そして。
古参の指が止まった。
「夫人の父親だ」
レオも見る。
当時の役職。
軍上層部。
完了確認者の一人で署名がある。
レオは何も言わなかった。
古参がその下を見る。
実務確認。
施設整理。
対象者移管。
関連記録処理。
いくつかの担当者名。
その中にもう一つ。
見慣れた名前があった。
レオの表情が変わる。
「いた」
古参は黙ったまま読む。
現在の最高司令官。
当時はまだ若い。
軍の頂点にはいない。
だが。
完了確認に関わる実務担当者として名前がある。
「どこまで担当していた」
レオが周辺の書類を探す。
別紙。
施設閉鎖確認。
物資移管。
対象者名簿整理。
保管記録の引き継ぎ。
いくつかに、同じ名前がある。
古参が椅子へ深く座った。
「知らなかった、は使えんな」
レオも頷く。
少なくとも制度が存在したこと。
王が停止を命じたこと。
軍が終了を報告したこと。
その処理に自分が関わったこと。
全部知っている。
レオはさらに先を探した。
完了報告を受けた王宮側の確認書。
内容を受領。
停止命令への対応完了を確認。
以後、同事業について軍からの定期報告を不要とする。
古参が息を吐いた。
「ここで切れた」
「はい」
王宮は軍が終わらせたと信じた。
だから、その後の報告を求めなくなった。
軍はその裏で別の名前にした。
レオが机に二枚を並べた。
王宮側の完了確認。
そして持参した四年前の記録の写し。
母親。
男児。
未回収。
捜索継続。
司令官府承認。
十七年前。
軍管理下に残る児童なし。
四年前。
軍は子供を追っている。
二枚だけで。
十分だった。
「これなら」
レオが言った。
「段階的な移行だったとは言えませんね」
「ああ」
「必要な措置だったとも」
「ああ」
「正式に認められていたとも」
古参は完了報告を見る。
「自分たちで、終わったと言っているからな」
しばらく二人とも黙った。
やがてレオが聞く。
「写しは取れますか」
古参が受付でもらった規則を見る。
「正式な閲覧記録を残せば取れる」
「残します?」
古参は少し考えた。
残せば誰かが調べた時に分かる。
何を見たかも、いつ来たかも。
だが、ここまで来て、証拠を持たずに帰る意味はない。
「取る」
「はい」
「全部だ」
必要な書類を揃える。
停止命令。
軍の移行申請。
王宮の期限付き許可。
新規登録禁止。
児童管理禁止。
軍の完了報告。
王宮の完了確認。
そして署名欄。
古参は最後に、もう一度そこを見た。
夫人の父。
現在の最高司令官。
二人とも。
十九年前から続く線の上にいる。
違う立場と違う役職で。
同じ完了報告の中に。
レオが書類を閉じた。
「戻りましょう」
「ああ」
古参は立ち上がった。
十九年前に王は止めろと命じた。
軍は時間を求め王は期限を決めた。
そして軍はその期限の後、王へ報告していた。
すべて完了しました、と。
嘘だった。




