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閑話 司令官

最高司令官府では、まだ灯りが消えていなかった。


机の上には、南の倉庫から始まった一連の報告が置かれている。


最高司令官は最後まで読んだ。


「なくなったのは」


「箱が一つです」


「どの箱だ」


「旧管理記録です」


「年代は」


「十九年前から現在まで」


最高司令官の指が止まった。


「四年前も?」


「含まれています」


短い沈黙。


「誰が持ち出した」


「男が一人。同行者が一人」


「最初の荷車を追った者か」


「はい」


最高司令官は報告書へ目を戻した。


「なぜ追った」


男は黙った。


「第一便は、最も追われにくい形で出した」


「はい」


「荷を減らした。先に出した。途中で荷車も人も替えた」


「はい」


「荷も分けた」


「はい」


「それでも来た」


「はい」


最高司令官が顔を上げる。


「なぜだ」


「分かりません」


「尾行は」


「途中で確認しています。見つかっていません」


「では、最初から保管所を知っていた?」


「その可能性は低いと思われます」


「理由は」


男が少しだけ言いにくそうな顔をした。


「保管所へ入ったのは、荷が中へ運び込まれた後です」


「待っていたのか」


「いいえ」


「では」


「門が閉まりそうになったので、走りました」


最高司令官が止まった。


「……走った?」


「はい」


「計画して侵入したのではない?」


「現場の報告では」


男は紙へ目を落とした。


「同行者は止めようとしていたようです」


「止まったか」


「いいえ」


最高司令官は黙った。


「警備は」


「接触しています」


「負傷者は」


「軽傷が数名」


「武器を使った?」


「いいえ」


「何をした」


「避けました」


「それだけか」


「蹴ろうとはしたようですが」


「した?」


「同行者に止められました」


また沈黙した。


最重要の荷を追った。


二度の経路変更を越えた。


荷車の交換にも対応した。


分けた荷の一方を選んだ。


軍の保管所まで辿り着いた。


そして。


門が閉まりそうだから走って入った。


最高司令官は報告書を置いた。


「誰だ」


別の紙が差し出された。


「十九年前の記録と照合しました」


名前。


ログ。


最高司令官はその文字を見る。


「同一人物か」


「ほぼ間違いないかと」


「十九年前に地下施設へ侵入した男」


「はい」


「中枢機構を停止させた」


「はい」


最高司令官は椅子へ背を預けた。


「十九年前も、こいつの行動は読めたのか」


男が黙った。


「記録には?」


「……不明とされている箇所が多くあります」


「目的は」


「不明」


「侵入経路」


「一部不明」


「協力者」


「不明」


最高司令官の眉がわずかに寄った。


「現在は」


「最初の荷車を追った理由が不明です」


しばらく。


誰も話さなかった。


「地下街の者も動いていたな」


「はい」


「何人だ」


「確認できていません」


「指揮しているのは」


「不明です」


「命令系統は」


「確認できません」


「連絡役」


「固定されていないようです」


「報酬は」


男が一瞬だけ止まった。


「酒を奢る約束があったという話が」


最高司令官が顔を上げた。


「……酒?」


「はい」


「誰が払う」


「そこまでは」


最高司令官は目を閉じた。


やがて聞く。


「《鴉樽》は」


男の表情がわずかに固くなる。


「以前と同じです」


「入れたか」


「いいえ」


「調べられたか」


「十分には」


最高司令官は机の端を指で一度叩いた。


「入るな」


男が顔を上げる。


「《鴉樽》へですか」


「ああ」


「しかし、ログという男は」


「探せ」


「確保しますか」


最高司令官はすぐには答えなかった。


十九年前。


地下施設の中枢へ辿り着いた。


現在。


最初の荷車を選んだ。


保管所まで来た。


箱を持っていった。


何を知っている。


どこまで知っている。


誰から聞いた。


それが分からない。


「まだ触るな」


「では」


「見つけろ」


最高司令官は言った。


「誰と会う」


「はい」


「どこへ行く」


「はい」


「何を探す」


少し間を置く。


「先にそれを見ろ」


男が一礼した。


「承知しました」


扉へ向かう。


「待て」


男が振り返る。


「一つ確認しろ」


「何でしょう」


「なぜ最初の荷車を追った」


「調べます」


「誰かが教えたのか」


「はい」


「こちらが何か見落としたのか」


「確認します」


最高司令官は報告書へ目を落とした。


「理由があるはずだ」


男が出ていった。


扉が閉まる。


最高司令官は一人になった。


机の上には二つの年代。


十九年前。


現在。


そして、同じ名前。


ログ。


どちらの記録にも。


分からないことが多すぎた。


最高司令官は、しばらくその名前を見ていた。


「……何を見ている」


答える者はいない。


ログ自身にも。


たぶん、答えられない。

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