第11章 ⑧
南の倉庫までは、走ればそれほど遠くない。
先を行く常連は迷わず細い路地へ入り、表通りを避けながら進んでいく。
ログとレオがその後を追った。
「正面は?」
「見られる」
「裏は?」
「もっと見られる」
「じゃあ、どこから入るんだよ」
「入らない」
ログが止まりかけた。
「は?」
「荷物が出るまで見る」
「取るんじゃないの?」
「どこへ運ぶか分からなくなるだろ」
後ろからレオが言った。
「その通りだ」
「二人とも、俺に我慢させる気だろ」
「その通りだ」
常連まで答えた。
ログは黙った。
倉庫が見える場所まで来ると、三人は建物の陰へ入った。
昼間なら穀物を積んだ荷車が何台も出入りする場所だ。
今は門が半分だけ開いている。
灯りは少ない。
中で人が動いていた。
少し離れたところに、荷車が二台ある。
すでに一台には木箱が積まれていた。
「紙は?」
ログが小声で聞く。
「さっき見えた」
常連が答える。
「箱に入れてた」
「燃やさないんだな」
レオが言った。
「ここで燃やせば目立つ。量が多ければなおさらだ」
「じゃあ、どっかに移す?」
「おそらく」
しばらくすると、男が二人、倉庫から出てきた。
一人が周囲を見る。
ログは壁へ身体を寄せた。
男は門の外まで出て、通りの左右を確認する。
そのまま少し歩き、暗がりまで目を向けた。
やがて戻っていく。
「警戒してる」
「当たり前だ」
一台目の御者が手綱を取った。
横につく男は二人。
積まれているのは木箱が数個。
多くない。
荷車は静かに門を出ると、南へ向かった。
常連が指を二本立てる。
向かいの建物の陰から二つの影が離れた。
ログが目を丸くした。
「いたの?」
「いた」
「何人いるんだよ」
答えはなかった。
荷車が遠ざかる。
ログはその後ろ姿を見ていた。
「……なあ」
「何だ」
「変じゃない?」
レオも荷車を見る。
「何が」
「一番最初だろ」
「そうだな」
「まだ倉庫にいっぱいあるのに、あれだけ先に出した」
「だから?」
「大事なの、後に残す?」
レオが黙った。
常連がログを見る。
「普通なら、危ないものから先に逃がす」
ログが言った。
倉庫の中では、まだ人が忙しく動いている。
二台目の荷車へ箱が運ばれ始めた。
一台目より数が多い。
人の動きも慌ただしい。
目につく。
だからこそ。
ログはもう一度、遠ざかる一台目を見た。
「俺、あっち行く」
「待て」
「嫌だ」
「即答するな」
「だって、あっちだろ」
「まだ分からない」
「だから見る」
常連が言った。
「二人ついてる」
「俺も行く」
「必要ない」
「ある」
「何が」
ログは少し考えた。
「嫌な感じする」
レオが額を押さえた。
「それを理由と呼ぶな」
「でも行く」
ログはもう走り出していた。
レオが舌打ちする。
「だから待てと言っている!」
結局、追った。
常連はその場に残った。
二台目と倉庫を見る者が必要だったからだ。
「何かあったら《鴉樽》へ!」
レオが振り返って叫ぶ。
常連が片手を上げた。
一台目の荷車は、すぐには見つからなかった。
だが先に追っていた二人が、角ごとに一人ずつ残っていた。
「右」
次。
「真っ直ぐ」
さらに次。
「左」
ログは走りながら言った。
「便利だな」
「感心している場合か」
荷車は妙な道を通っていた。
大通りへ出ない。
かといって、最短でもない。
細い道を選び、何度も曲がる。
一度、同じ通りの近くまで戻っている。
「撒いてる?」
ログが聞いた。
「尾行を確認しているんだろう」
「じゃあ、気づかれてる?」
「分からない」
先行していた常連は、荷車のすぐ後ろにはついていない。
道を知っている。
曲がった先を予測し、別の路地から先回りする。
荷車が進路を変えれば、次の者へ渡す。
追うというより、囲んでいた。
「地下街怖いな」
ログが呟く。
「お前が言うな」
やがて荷車が止まった。
小さな広場だった。
古い井戸がある。
その向こうに、別の荷車が一台待っている。
ログとレオは路地の奥から様子を窺った。
「積み替える気だ」
レオが言った。
一台目から箱が下ろされる。
待っていた荷車へ移される。
御者も替わった。
付き添っていた二人のうち、一人はその場に残る。
もう一人だけが新しい荷車へ乗った。
「これで最初の荷車だけ追ってた奴は、あっちを追う」
ログが空になった荷車を見る。
「ああ」
「やっぱこっちじゃん」
レオは答えなかった。
新しい荷車が動く。
今度は西へ。
また追う。
しばらくして、二度目の積み替えがあった。
今度は荷車ではなかった。
箱だけが建物の中へ運び込まれた。
裏から別の男が出てくる。
一つずつ、布で包んで持ち出した。
「面倒くさい!」
ログが小声で怒った。
「向こうも追われることを考えているんだ」
「普通ここまでする?」
「普通の荷物ならしない」
その一言で、ログの顔が変わった。
やはり本命だ。
箱は三つ。
最初に倉庫を出たときより減っている。
途中で分けたのかもしれない。
一つは男が抱えたまま北へ。
残る二つは、小さな幌付きの荷車へ載せられた。
「分かれた」
「どうする?」
ログが聞く。
レオは一瞬考える。
「箱二つだ」
「俺もそっち」
「人の方も追わせる」
近くにいた常連へ合図を送る。
男一人を任せ、二人は荷車を追った。
そこからは速かった。
西へ抜ける。
大通りへ出る。
人通りが増える。
このまま王都の中心へ向かうのかと思ったところで、荷車は再び脇道へ入った。
そして。
前方で止まった。
レオが建物を見る。
「軍の保管所だ」
「軍?」
「表向きは、退役者への物資や古い備品を扱う場所だ」
「表向き?」
「普通の施設だよ。本来はな」
門が開く。
荷車が入ろうとする。
ログが立ち上がった。
レオが腕を掴む。
「待て」
「ここまで来て?」
「軍の施設だ。正面から入れば、こちらが捕まる」
「じゃあどうする」
レオは答えない。
荷車が門を通る。
閉まり始める。
ログが腕を振りほどいた。
「なくなる」
「ログ!」
走った。
「おい!」
門が閉じる直前。
ログは滑り込んだ。
中にいた男が振り返る。
「何者だ!」
ログは止まらない。
荷車へ走る。
男が腕を掴もうとする。
避ける。
「止まれ!」
別の男が前へ出る。
ログはその横を抜けた。
殴っていない。
まだ。
荷車の御者が鞭を振り上げた。
ログは荷台へ手をかける。
飛び乗った。
「ログ!」
遅れて入ってきたレオの声がする。
荷台には二つの箱。
布が巻かれている。
ログは片方を掴んだ。
重い。
「降りろ!」
男が登ってくる。
ログは箱を抱えたまま足を上げた。
「殴ってない!」
「蹴るのも駄目だ!」
「まだ蹴ってない!」
男が止まった。
一瞬だけ。
その隙にログは荷台から飛び降りた。
箱を抱えたまま走る。
「待て!」
「レオ!」
「こっちだ!」
裏へ抜ける。
二人で走った。
後ろから何人も追ってくる。
角を曲がる。
さらに曲がる。
狭い路地へ入る。
追手の足音が近い。
「箱、重い!」
「捨てるなよ!」
「分かってる!」
前から人影が出た。
常連だった。
「左」
「どこから出てきた!」
「早く」
左へ。
次の路地。
また一人。
「右」
右へ。
階段を下りる。
物置の脇を抜ける。
細い通路へ入る。
後ろの足音が遠くなった。
やがて聞こえなくなる。
ログは壁にもたれた。
「……死ぬ」
レオも息を切らしている。
「お前のせいだ」
「取れたじゃん」
「一つだけだ」
「一番大事なやつかも」
「違ったらどうする」
ログは箱を見る。
布を剥がす。
古い木箱だった。
角が削れ、金具が錆びている。
側面に、薄く印が残っている。
丸。
その中に、三本の縦線。
二人とも黙った。
ログが蓋を開ける。
書類が詰まっていた。
古いもの。
新しいもの。
年代が違う。
だが、同じ番号が続いている。
十九年前。
十五年前。
十年前。
五年前。
四年前。
レオが一枚を抜いた。
目を走らせる。
止まった。
「ログ」
紙を渡す。
四年前。
母親の管理番号。
男児。
未回収。
東側水路。
捜索継続。
ログの目が下へ動く。
指示元。
司令官府。
さらに、その下。
承認欄。
名前がある。
夫人の夫。
現在の最高司令官。
四年前には、まだ今の地位ではなかった。
それでも。
そこにいた。
ログはしばらく何も言わなかった。
レオも黙っている。
十九年前のすべてを、この男一人が始めたわけではない。
もっと前からあった。
夫人の父もいた。
その前の世代もいた。
何人もの人間が繋いできた。
だが。
四年前。
ヴィクを抱いて逃げた母親を追わせた者は。
ここにいる。
ログが紙を箱へ戻した。
「帰ろう」
「待て。もう一つの箱もある」
「分かってる」
「一人で行くなよ」
「行かないよ」
レオが疑う目で見る。
「ほんとに」
そのとき。
暗がりから常連が一人戻ってきた。
「もう一個、行き先分かった」
ログが顔を上げる。
「どこ?」
常連が答える。
「司令官府」
レオが目を閉じた。
ログは笑った。
「やっぱり」
十九年間。
紙の中に隠れていた線が。
ようやく一本。
最高司令官本人まで繋がった。




