第10章 ⑧
家族関係を記入する欄。
父。
母。
兄弟。
子。
ログはそこを何度か見直した。
「血縁で同じ反応が出るか調べた」
「そうだろうな」
白衣が答えた。
「何で?」
「適性が生まれつきのものなら、血縁者にも似た傾向が出る可能性がある」
「生まれつきなの?」
「知らん」
即答だった。
ログが白衣を見る。
「知らないのに調べたの?」
「知らないから調べるんだ」
「……ああ」
そこは納得した。
レオが別の記録をめくっていた。
「実際、結果はどうだったんだ?」
白衣がそちらを見る。
何枚か並べる。
親子。
兄弟。
姉妹。
親族。
それぞれに反応の記録がある。
似た傾向を示した例。
まったく違う例。
一部だけ似ている例。
親より強く反応した例。
逆に、ほとんど反応しなかった例。
「ばらばらだな」
ログが言った。
「人間だからな」
「じゃあ、血筋関係ないじゃん」
「そうとも言い切れない」
「何でだよ」
「似た例もある」
ログが嫌そうな顔をした。
白衣は気にせず続ける。
「これだけでは遺伝なのか、育った環境なのか、それ以外なのか分からん。同じ家で育てば似た経験もする」
「面倒くさいな、人間」
「だから研究する」
白衣にとっては、それで終わる話らしい。
だが、王宮と軍は違った。
次の記録には、研究施設から出された注意書きが残っていた。
現時点では、適性と血縁関係に明確な関連があるとは断定できない。
追加調査が必要。
ログは読んだ。
「分かんないって書いてある」
「そうだな」
レオが答えた。
その次。
軍からの返答。
調査継続。
適性者の血縁者についても記録対象とする。
さらに次。
適性者同士の組み合わせについて、長期的な観察を行う。
ログの手が止まった。
「組み合わせ?」
白衣が覗き込む。
「そのままだろう」
「いや、だから」
ログは紙を持ち上げた。
「人だよな?」
「人だ」
「組み合わせって何だよ」
レオが次の書類を取った。
そこに答えがあった。
男女それぞれの番号。
適性判定。
反応の種類。
身体状態。
年齢。
その下に、婚姻の記録。
ログは黙った。
もう一枚。
別の男女。
同じように番号が並んでいる。
こちらにも婚姻。
さらに一枚。
今度は、その下に新しい欄が増えていた。
出生。
「……子供?」
レオが低く言った。
白衣が紙を引き寄せた。
出生時の状態。
体重。
健康状態。
両親の適性。
経過観察。
ログは白衣を見る。
「これ、偶然結婚した奴を調べたんじゃないの?」
白衣は答えなかった。
次の記録を探した。
レオも別の束を開く。
古参が年代を確認する。
しばらく紙をめくる音だけが続いた。
最初に見つけたのはレオだった。
「違うな」
一枚の書類を机へ置く。
婚姻前の記録だった。
男女の番号が、すでに並べられている。
双方とも適性判定は高い。
健康状態。
年齢。
血縁関係の有無。
過去の反応。
そして最後に。
組み合わせ可。
ログはしばらく、それを見ていた。
「……結婚する前じゃん」
「ああ」
「決めたの、本人たちじゃないの?」
誰もすぐには答えなかった。
古参が記録の日付を見た。
「少なくとも、この書類は婚姻より前に作られている」
ログの口元が歪んだ。
「何だよ、それ」
白衣は次の記録を読んでいた。
「研究施設は反対している」
ログが振り向いた。
「え?」
白衣が一枚を渡した。
研究責任者から王宮と軍へ提出された意見書。
適性の遺伝性は確認されていない。
対象者の選定による出生結果をもって遺伝性を判断するには、長期間かつ多数の観察が必要。
環境要因を排除できない。
研究上の有効性は現時点で不明。
「つまり?」
「やっても意味があるか分からん、と言っている」
「止めろとは?」
白衣は少し黙った。
「そこまでは書いてない」
ログが眉を寄せる。
「何で?」
「研究者だからじゃないか」
白衣は淡々と言った。
「分からないものを調べること自体には反対しない。ただ、この方法で分かるのかと言っている」
ログは何とも言えない顔になった。
「そこじゃないだろ」
「何がだ」
「本人たちだよ」
白衣がログを見る。
「勝手に組み合わせ決められてんだろ?」
「そうだな」
「研究としてどうかじゃなくて、人としてどうなんだよ」
白衣は黙った。
レオが小さく息を吐いた。
「その頃には、それを問題にする記録を残せる人間がいなかったのかもしれないな」
三代前から続いた国だった。
王家は特別。
王の命令は正しい。
国のために尽くすことは名誉。
軍に従うことは当然。
それを学校で習う。
親もそう教える。
その親も、同じように教わっている。
その中で育った人間が軍に入り、役所へ入り、研究施設へ入る。
ログは、前の年代の記録を見た。
「……地下のあれがなくても同じじゃん」
自分で言った言葉だった。
今度は誰も何も言わなかった。
記録は続く。
適性者同士から生まれた子供。
片方だけが適性者だった子供。
適性の低い者同士から生まれた子供。
比較。
観察。
記録。
子供たちにも番号が付いた。
出生時。
一歳。
二歳。
三歳。
成長するたび、項目が増える。
音への反応。
光への反応。
知らない人間への反応。
親から離されたときの反応。
命令への反応。
繰り返しへの反応。
ログの手が止まった。
「何歳からやってんの?」
白衣が記録を見る。
「ここでは三歳」
次。
「二歳」
もう一枚。
「これは一歳だな」
ログは紙を置いた。
「何が分かるんだよ。一歳に命令して」
「だから反応を見るんだろう」
「泣くだろ」
「泣いたという記録もある」
「当たり前だろ!」
役所の一室に声が響いた。
レオが周囲を見る。
「ログ」
「一歳だぞ?」
「分かっている」
「母親から離して、知らない奴のところ連れてって、変な音聞かせて、泣いたって記録してんだぞ?」
レオは何も言わなかった。
ログは苛立ったまま次をめくった。
そこで、別の変化に気づいた。
子供の記録に、母親の番号が併記されている。
最初は健康状態だけだった。
そのうち、母親自身の反応も記録されるようになった。
子供を離したとき。
戻したとき。
命令したとき。
拒否したとき。
母親が子供を庇おうとした場合。
ログの指が止まった。
「……何で母親まで?」
白衣が見る。
「子供への影響を調べたんじゃないか」
「違う」
レオが別の紙を見つけていた。
そこには、軍からの指示があった。
適性者の管理において、親子関係が命令遂行へ及ぼす影響を確認すること。
ログは読んだ。
もう一度読んだ。
「親が邪魔するか調べてる?」
「そう見える」
その後の記録では、親子を同じ場所で管理する例と、早期に分離する例が比較されていた。
親との接触が多い子供。
少ない子供。
ほとんどない子供。
命令への反応。
不安。
抵抗。
依存。
軍は、それまで研究施設が使っていた言葉を、そのまま人間の管理に使っていた。
ログは紙を閉じた。
「もう研究じゃないだろ」
白衣が顔を上げる。
いつもなら訂正するところだった。
研究は研究だ。
目的と利用は別だ。
そう言うはずだった。
だが、白衣は何も言わなかった。
ログが見る。
「何だよ」
「いや」
「言えよ」
白衣は少し考えた。
「研究もしている」
「ほら言った」
「だが」
白衣は机に積まれた記録を見た。
「研究するために人を管理しているのか、人を管理するために研究しているのか」
そこで言葉を切った。
「この辺りから、分からんな」
ログも記録を見た。
番号で呼ばれる父親。
番号で呼ばれる母親。
その二人から生まれ、最初から番号を与えられた子供。
まだ何も知らないうちから、反応を測られる。
選ばれる。
育てられる。
「……こいつら」
ログが低く言った。
「子供まで作り始めたのか」
レオが答えた。
「適性があるかもしれない子供をな」
「あるかもしれない、だろ?」
「ああ」
「分かってもないんだろ?」
「ああ」
ログは目を閉じた。
「馬鹿より悪いじゃん」
今度はレオも止めなかった。
その先には、さらに十年以上分の記録が残っていた。
生まれた子供たちは成長する。
そして、次の記録から。
彼らの一部が、軍の施設へ移され始めていた。




