第10章 ⑦
二代前。
最初に出てきたのは、研究施設から王宮へ提出された報告だった。
ログは紙の上に書かれた文字を見る。
――適性。
「何の?」
白衣が隣から覗き込んだ。
「反応の差だな」
「だから何の反応だよ」
「これまで調べていたものだ」
恐怖。
興奮。
鎮静。
誘導。
同じ条件を与えても、全員が同じように反応するわけではない。
強く反応する者がいる。
ほとんど影響を受けない者もいる。
効果が長く残る者。
すぐに戻る者。
繰り返すほど反応が強くなる者。
逆に、回数を重ねると反応しなくなる者。
研究施設は以前から、その違いを記録していた。
「まあ、それは調べるか」
ログが言った。
白衣が頷く。
「個人差を無視したら研究にならない」
そこまでは、これまでと同じだった。
違ったのは、その次だった。
王宮から研究施設へ照会が来ている。
反応の強い者に、共通する特徴はあるか。
事前に判別することは可能か。
年齢による差はあるか。
繰り返しによって反応を固定できるか。
ログが読む速度を落とした。
「固定?」
白衣が紙を取った。
「同じ刺激に対して、同じ反応を起こしやすくできるか、ということだろう」
「何のために?」
白衣は次の紙を見る。
「書いてない」
「またかよ」
四代前の終わりから増え始めた、目的の書かれていない依頼だった。
ただし、今回は依頼元が違う。
王宮だけではない。
軍の名があった。
レオが別の束から一枚抜いた。
「こっちにもある」
軍内部で行われた調査だった。
兵士をいくつかの群に分け、同じ条件を与えている。
大きな音。
突然の光。
睡眠不足。
長時間の緊張。
命令。
それぞれに対する反応を記録する。
「これだけなら、兵士の訓練にも見えるな」
レオが言った。
「見えるじゃなくて、訓練にも使える」
白衣が訂正した。
「戦場で恐慌を起こしにくい兵士を調べるなら、普通だ」
「じゃあ普通なの?」
「ここまでは」
ログは嫌そうな顔をした。
最近、白衣の「ここまでは」を信用しなくなっていた。
次の年。
調査対象が増えた。
兵士だけではない。
軍属。
志願者。
施設で暮らす者。
年齢も広がっている。
結果には番号が付けられていた。
氏名ではない。
番号。
その横に、反応の強弱が並ぶ。
誘導。
高。
反復。
高。
定着。
高。
回復。
遅。
ログの指が止まった。
「これ、人だよな」
「そうだ」
白衣が答えた。
次の欄。
適性判定。
甲。
「……人に甲とか付けてる」
レオも黙って記録を見た。
さらに次。
乙。
丙。
不適。
それまで研究施設が記録していた個人差が、いつの間にか分類へ変わっていた。
そして分類された人間のうち、一定以上の反応を示した者だけが別の施設へ移されている。
ログが移送記録を引き寄せた。
「どこ?」
古参が地名を見る。
「軍の施設だ」
「何するところ?」
「この時代なら、訓練所として登録されている」
ログは次の記録を探した。
あった。
訓練内容。
命令への反応。
反復。
音による合図。
光による合図。
特定の言葉。
一定の動作。
成功した場合は報酬。
失敗した場合は再訓練。
「……犬じゃん」
ログが言った。
「人だ」
レオが返した。
「だから言ってんだよ」
ログは紙を置いた。
さっきまでの怒りとは違った。
三代前の記録を読んでいたときは、まだ腹が立った。
馬鹿だと思った。
自分で騒ぎを起こし、自分で収め、自分を英雄にする。
国中に作り話を広める。
呆れることもできた。
今は違う。
目の前にあるのは、一人ずつ調べた人間の記録だった。
どの程度反応するか。
どれくらい残るか。
何度繰り返せば定着するか。
命令に対して、どれだけ早く動くか。
それを測っている。
そして、よく反応する者を選んでいる。
ログは次の紙を取った。
軍から王宮への報告。
適性者を用いた試験運用。
少人数。
警備任務。
危険区域への進入。
命令遂行率。
ログの目が止まった。
危険認識下における命令遂行。
通常群より高。
「……何これ」
レオが読む。
顔が険しくなった。
「危険だと分かっていても、命令されたら進むか」
「何でそんなもん調べんの?」
誰も答えなかった。
答えは、その下にあった。
部隊運用上、有用。
ログは紙を机へ戻した。
静かだった。
しばらくして、ログが言った。
「人だぞ」
白衣は何も言わなかった。
「これ」
ログは紙を指した。
「武器じゃない。道具でもない。人だぞ」
「分かっている」
「こいつらは分かってないだろ」
今度はレオも止めなかった。
記録はさらに続いていた。
適性者の選抜。
継続訓練。
配置。
経過観察。
一度選ばれた者は、その後も番号で管理されている。
名前が消えていた。
ログは何枚かめくった。
同じ番号が何年も続く。
任務。
訓練。
再評価。
配置転換。
また任務。
その途中で、記録が終わる番号もあった。
理由は書かれていない。
ログは束を閉じた。
「三代前は、人を動かした」
レオが顔を上げる。
ログは閉じた記録の上に手を置いていた。
「二代前は」
一度、言葉を切った。
「動かしやすい人間を選び始めた」
白衣が別の記録を見ていた。
「それだけではない」
ログが嫌そうに顔を上げる。
「まだあんの?」
白衣は一枚の紙を抜いた。
「適性が、一人の人間だけのものか調べている」
「どういう意味?」
白衣は紙を机に置いた。
そこには、適性者本人の番号。
その下に。
父。
母。
兄弟。
そして――子。
家族関係を記入する欄があった。
ログは黙った。
レオが紙を引き寄せる。
古参も覗き込んだ。
白衣が言った。
「似た反応をする人間が、血縁者にも現れるか調べたんだろう」
ログは家族欄を見た。
その中には、適性者同士を示す印が付いた記録もあった。
まだ、その意味は分からない。
だが。
人を選ぶだけでは終わらなかったことだけは分かった。
ログは小さく息を吐いた。
「……次、絶対ろくでもないだろ」
誰も否定しなかった。




