第9章 ⑤
「何を仕掛ける?」
ログが聞いた。
主は答える。
「お前だ」
「また俺?」
「使いやすい」
「囮ってそういう扱いなの?」
「そういう扱いだ」
ログがレオを見る。
「否定して」
「今回は俺も賛成」
「味方いねぇな!」
白衣がパンを見つけた。
「俺は味方だ」
「食いながら言うな」
主は机の上に古い図面を広げた。
例の倉庫。
現在の図面。
二十六年前の図面。
東側にあった、今は塞がれている入口。
地下へ降りる階段。
そして地下の奥から、敷地の外へ向かって伸びる細い線。
「明日、ここを調べる」
ログが見る。
「倉庫?」
「違う」
主は地下の線を指した。
「この先だ」
レオが気づいた。
「本当に調べるのか」
「ああ」
ログが二人を見る。
「待って。仕掛けるんじゃないの?」
「仕掛ける」
「本当に調べるんだろ?」
「ああ」
「どっち?」
古参が笑った。
「両方だ」
ログが嫌そうな顔をした。
主は続ける。
「お前と白衣で、明日も表から調べろ」
「何を」
「古い地下施設」
白衣がパンを持ったまま顔を上げた。
「場所が分からん」
「だから調べる」
「面倒だな」
「お前が言うな」
ログが睨む。
レオは図面を見ていた。
「情報を見せるのか」
「ああ」
「どこまで?」
「倉庫の地下に、昔の施設へ繋がる通路があるかもしれない」
ログが主を見る。
「それ、本当じゃん」
「本当だ」
「偽情報じゃないの?」
「嘘をつく必要はない」
主はログを見る。
「向こうが勝手に勘違いすればいい」
ログは少し考えた。
「俺たちがまだ昔の施設だけ調べてるって?」
「ああ」
レオが頷く。
「最高司令官まで辿ったことは見せない」
「産着も?」
「見せない」
「ヨハンも?」
「見せない」
「商館も?」
「当然だ」
ログが笑った。
「なるほど」
主が常連を見る。
「お前らは今夜から動け」
「何人?」
「倉庫に二人。商館に二人。納入所に二人」
壁際から声がした。
「足りる?」
ログが振り返った。
「どこから喋ってんの?」
返事はない。
主も気にしない。
「交代を入れろ。顔を覚えられるな」
「分かった」
「誰か動いても、すぐには止めるな」
「追うだけ?」
「ああ」
「逃げても?」
「行き先を見る」
常連の一人が少し不満そうな顔をした。
「捕まえた方が早くない?」
レオが答える。
「一人捕まえても、その一人しか取れない」
「泳がせる?」
「そういうこと」
常連は納得した。
「じゃあ長い方が酒増える?」
主が見る。
「働けばな」
空気が変わった。
壁際から二人立った。
奥からも一人出てきた。
ログが数えようとした。
やめた。
「もういい」
古参が笑う。
「成長したな」
「それ今日二回目だからな」
翌朝。
ログと白衣は、王都の建築記録を扱う役所へ向かった。
隠れる気はない。
むしろ見られるために歩く。
白衣が聞く。
「誰かいるか?」
「見るなって言われただろ」
「気になる」
「俺も気になる」
ログは前だけを見る。
「だから見ない」
「お前、我慢できるようになったな」
「うるさい」
役所へ入る。
昨日までと同じように、古い記録を頼む。
東側倉庫地区。
地下構造。
廃止された施設。
地下通路。
白衣は必要なところだけ異様に細かく聞いた。
「この辺りの地下で、温度が年間を通して大きく変わらない場所は?」
役人が困った顔をする。
「温度?」
「薬品を置く」
「現在ですか?」
「十九年前」
さらに困った。
ログが横から言う。
「昔、研究施設で使ってた場所を探してる」
役人の目が一瞬だけ動いた。
ログは気づいた。
だが何も言わない。
役人は奥へ行った。
しばらくして別の記録を持って戻ってくる。
「地下保管施設なら、いくつかあります」
地図が広がる。
倉庫地区の地下。
古い貯蔵庫。
閉鎖された防空施設。
使われなくなった水路。
ログは順番に見る。
白衣の指が一か所で止まった。
「ここ」
「分かる?」
「知らん」
「じゃあ何で指したんだよ」
「位置が近い」
例の倉庫から伸びていた細い線。
その方向に、古い地下貯蔵施設がある。
現在は閉鎖。
用途は、物資保管。
管理主体の欄は空白だった。
ログが役人を見る。
「これ、誰の?」
「古い記録ですので」
「昔は?」
「少々お待ちください」
また奥へ行く。
白衣が小声で言った。
「今のは変だな」
ログが見る。
「何が」
「管理者がない」
「お前がそれ気にするの?」
「研究施設なら管理者はいる」
ログが少し驚いた。
「成長した?」
「殴るぞ」
「俺の台詞だろ」
役人が戻ってきた。
今度は一人ではない。
年上の男が一緒だった。
「申し訳ありません。この施設については、古い記録の一部が別管理になっています」
ログが聞く。
「どこ?」
「中央施設管理局です」
「また別?」
「はい」
ログは天井を見た。
見ただけで戻した。
白衣が感心した。
「本当に成長したな」
「黙れ」
必要な情報だけ書き写す。
二人は役所を出た。
通りへ出てから、ログが言う。
「いた?」
「見てない」
「偉い」
「お前に褒められたくない」
二人はそのまま中央施設管理局へ向かった。
わざと大通りを使う。
急がない。
途中で飯も食う。
白衣が二杯目のスープを頼んだ。
「囮って楽だな」
「お前はな」
店を出る。
また歩く。
その少し後ろ。
灰色ではない。
今日は茶色の上着を着た男がいた。
ログも白衣も見ていない。
だが、その男を見ている者がいた。
果物屋の前。
常連が林檎を一つ買った。
男が角を曲がる。
常連は林檎を齧りながら歩く。
さらにその後ろ。
別の常連がいた。
茶色の上着の男は、ログたちが中央施設管理局へ入るところまで見届けた。
そこで離れた。
常連も離れる。
追う。
男は昨日の商館へ向かわなかった。
軍指定納入所にも行かない。
東へ向かった。
倉庫地区。
常連の顔から笑いが消えた。
男は例の倉庫の前を通り過ぎた。
入らない。
さらに奥へ。
細い道へ入る。
人通りが減る。
常連は距離を広げた。
先回りしていた別の常連が引き継ぐ。
男は何度も後ろを確認した。
それでも追う人間は変わっている。
やがて、古い石造りの建物の前で止まった。
看板はない。
窓も少ない。
入口には錠が掛かっている。
男は鍵を持っていた。
中へ入る。
常連は遠くから建物を見る。
場所を覚える。
しばらくして、別の男が来た。
次。
さらに一人。
全部で四人。
最後に来た男だけ、服装が違った。
軍服だった。
常連は目を細める。
階級までは分からない。
だが、下っ端ではない。
男は周囲を確認してから中へ入った。
一人の常連が小さく言った。
「当たりか?」
隣の男が答える。
「まだ」
「レオみたいなこと言うなよ」
「怒られるぞ」
「誰に」
「レオに」
二人は待った。
半刻。
建物の裏から荷車が出た。
空ではない。
木箱が積まれている。
その後ろから、女が二人出てきた。
常連の顔が変わった。
若い。
一人は何かを抱えている。
布に包まれていて、ここからでは見えない。
だが。
抱き方を知っている。
「……子供か?」
もう一人が言う。
「多分」
荷車へ乗せられる。
軍服の男も出てきた。
何か指示している。
常連の一人が立ち上がりかけた。
腕を掴まれた。
「待て」
「子供だぞ」
「分かってる」
「追うだけか?」
「主がそう言った」
男は歯を食いしばった。
荷車が動き出す。
「じゃあ追う」
「ああ」
一人が荷車を追う。
もう一人は建物に残る。
その頃。
中央施設管理局で、ログはようやく一枚の古い記録を見つけていた。
地下貯蔵施設。
十九年前より前。
用途変更。
一部区画を、別用途へ転用。
ログが読む。
「別用途って何」
役人が答える。
「記録にはありません」
「また?」
「はい」
白衣が横から覗く。
「場所は?」
ログが指す。
白衣が黙った。
「何」
「ここ」
「知ってる?」
白衣は少し考えた。
「行ったことがあるかもしれん」
ログが固まる。
「またそれ?」
「地下は似てる」
「頼むから思い出して」
「無理」
「殴ったら?」
「十九年前に散々殴っただろ」
「足りなかったかもしれない」
役人が二人から少し離れた。
その時。
入口に常連が現れた。
今度は走っていた。
ログが立ち上がる。
「何かあった?」
常連は息を整える暇もなく言った。
「動いた」
「どこ」
「お前らを見てた奴を追った」
「それで?」
「地下の建物に入った」
ログの目が変わる。
常連が続ける。
「軍人も来た」
白衣も立った。
「それから?」
常連は一度だけ息を吸った。
「女が二人出た」
ログが止まる。
「女?」
「ああ」
「それだけ?」
「一人、何か抱いてた」
嫌な沈黙が落ちた。
常連が言う。
「多分、子供だ」
ログは机の上の地図を取った。
「場所」
常連が指す。
白衣の顔から、いつもの気の抜けた表情が消えた。
そこは。
今、二人が調べていた地下貯蔵施設だった。
ログが地図を畳む。
「行く」
常連が止める。
「主は追うだけって」
「子供がいる」
「分かってる。だから一人つけた」
ログは止まった。
拳を握る。
白衣が言う。
「戻るぞ」
ログが見る。
「鴉樽に?」
「ああ」
「何で」
「今行ったら全部逃げる」
ログは何も言わなかった。
白衣が続ける。
「俺でも分かる」
ログが白衣を見る。
長く見る。
「……お前、本当に成長したな」
「殴るぞ」
ログは地図を握ったまま出口へ向かった。
ようやく見つけた。
十九年前の跡ではない。
今も人が出入りしている場所。
そして。
そこから子供が運び出された。
今度は記録じゃない。
生きている人間だった。




