第8章 ⑱
東部倉庫区を歩く。
先頭は白衣だった。
少し後ろをログとレオ。
古参。
その後ろに常連。
ログが振り返る。
「まだいるのか」
「いる」
「白衣連れてきたんだから、もういいだろ」
「まだ何かあるかもしれん」
「何が」
「仕事」
「お前の仕事じゃねぇだろ」
常連は答えなかった。
白衣が振り返る。
「こいつ、ずっと付いてくるのか」
「知らん」
「追い返せ」
「自分で言え」
白衣が常連を見る。
「帰れ」
「嫌だ」
「何なんだ」
「気にするな」
「気になる」
歩く。
倉庫が並んでいる。
石壁。
大きな扉。
荷車。
十九年前と同じ建物もあれば。
建て替えられたものもある。
白衣は何度も足を止めた。
壁を見る。
道を見る。
また歩く。
ログが聞く。
「分かる?」
「急かすな」
「急かしてねぇ」
「さっきから後ろで近い」
ログが一歩下がった。
「これで?」
「まだ近い」
「面倒くせぇな」
「十九年前の道を探してるんだぞ」
レオがログの肩を引いた。
「少し離れろ」
「何で俺だけ」
「うるさいから」
「歩いてるだけだろ!」
白衣が止まった。
「黙れ」
「お前まで言うのかよ」
古参が笑う。
ログが振り返る。
「水路」
「ここにはないぞ」
「探す」
「そこまでして落とすのか」
白衣が道の先を見る。
「……こっちだ」
空気が変わった。
ログが前を見る。
「思い出した?」
「少し」
白衣が歩き出す。
道が広くなる。
荷車が二台すれ違える。
白衣が足元を見る。
「ここは覚えてる」
「何で?」
「車輪が溝にはまった」
ログが見る。
「薬?」
「ああ」
「壊れた?」
「壊れてない」
「じゃあ何で覚えてる」
白衣が振り返る。
「壊れるかと思ったからだ」
「やっぱり研究か」
「当然だ」
レオが地面を見る。
石畳。
何度も補修されている。
昔の溝など残っていない。
それでも。
道幅は変わっていない。
さらに進む。
白衣の足が遅くなった。
前に。
見覚えのある倉庫がある。
ログたちが何日も見張っていた場所。
ダリオ・ベッカー名義の倉庫。
常連が言った。
「ここ」
ログが見る。
「地下があるって言ってたやつ?」
「ああ」
白衣は答えない。
倉庫を見ている。
石造り。
大きな扉。
窓は少ない。
外から見れば。
他の倉庫と変わらない。
「どう?」
ログが聞く。
白衣はしばらく黙っていた。
「分からん」
ログの肩が落ちる。
「おい」
「十九年前だ」
「それは何回も聞いた」
「壁も扉も変わる」
レオが倉庫を見る。
「建物自体は?」
「似てる」
「似てるだけ?」
「ああ」
白衣が横へ動いた。
倉庫の側面を見る。
そのまま裏へ回ろうとする。
レオが腕を掴んだ。
「待て」
「何だ」
「見張られてるかもしれない」
白衣が止まる。
「誰に」
「それを調べてるんだよ」
「面倒だな」
「今さら?」
ログが周囲を見る。
人はいる。
荷を運ぶ者。
道を歩く者。
こちらを気にしている様子はない。
だが。
分からない。
常連が言った。
「俺が行く」
四人が見る。
「何しに」
ログが聞く。
「裏を見る」
「何でお前ならいいんだよ」
「荷運びに見える」
常連が近くに置かれていた空箱を持ち上げた。
ログが止まる。
「それ誰の?」
「知らん」
「戻せ」
「後で」
「今戻せ!」
常連は箱を持ったまま歩いていった。
倉庫の横を通る。
誰も止めない。
そのまま角を曲がった。
白衣が言う。
「便利だな」
ログが見る。
「何が」
「あいつ」
「調子に乗らせるな」
少し待つ。
常連が戻ってきた。
箱はない。
ログが見る。
「箱は?」
「置いてきた」
「どこに」
「元の場所」
「ならいい」
常連が倉庫を見る。
「裏に小さい扉がある」
レオが聞く。
「他は?」
「地下へ下りる入口みたいなのは外にはない」
「見張りは?」
「分からん」
「人の出入り」
「一人いた」
ログの顔が変わる。
「どこから」
「裏の扉」
「どんな奴」
「男。四十くらい」
「靴は?」
古参がすぐに聞いた。
常連が首を振る。
「普通」
古参が少し残念そうな顔をした。
ログが見る。
「何でお前が残念そうなんだよ」
「違ったからだ」
「全部あの靴だと思うなよ」
レオが倉庫を見る。
「中には人がいる」
「前からいるだろ」
ログが言う。
「エリックが来た時も三人入ってた」
「ああ」
白衣が倉庫から目を離さない。
「裏」
ログが見る。
「何?」
「裏の扉」
「それが?」
白衣が眉を寄せる。
「見た気がする」
全員が黙った。
「十九年前?」
レオが聞く。
「たぶん」
「そこから入った?」
「分からん」
ログが口を開きかける。
白衣が先に言った。
「思い出してる。黙ってろ」
ログが閉じる。
古参が横を見る。
「学習したな」
ログが睨む。
白衣は倉庫を見ていた。
「正面からじゃなかった」
「薬品を確認しに来た時?」
「ああ」
「裏から?」
「……違う」
白衣が首を振った。
「横だ」
レオが倉庫の側面を見る。
今は石壁しかない。
「扉があった?」
「分からん」
「階段は?」
白衣が目を閉じる。
「入って」
「下りた」
「すぐ?」
「……すぐだったと思う」
ログが倉庫を見る。
側面。
今は何もない。
石壁だけ。
「塞いだ?」
古参が言った。
レオが近づこうとするログの服を掴んだ。
「行くな」
「見るだけ」
「近づくな」
「壁だぞ」
「お前の場合、壁だから止めてる」
「まだ何もしてねぇだろ!」
常連が笑った。
ログが見る。
「お前、何で楽しそうなんだよ」
「面白いから」
「仕事探してたんじゃねぇのか」
「それもある」
「何の仕事だよ」
常連は答えない。
レオが倉庫から少し離れた。
「建物の図面を確認しよう」
ログの顔が曇る。
「また役所?」
「建物管理所」
「さっき行ったところ?」
「所有者を調べたところ」
ログの顔が少し戻る。
「新しい役所じゃない?」
「ああ」
「ならいい」
古参が言う。
「慣れてきたな」
「慣れたくねぇよ」
白衣が倉庫を見る。
「図面に地下も載ってるのか?」
「届け出がされてれば」
レオが答える。
「されてなかったら?」
「別の方法を考える」
ログが倉庫を見る。
入れば早い。
それは分かっている。
だが中に誰がいるのか。
何に使われているのか。
まだ分からない。
ここで動けば。
十九年前から残っているかもしれない道を自分たちで潰す。
「……行くか」
ログが倉庫へ背を向けた。
レオが少し意外そうに見る。
「何だよ」
「いや」
「入らねぇよ」
「成長したな」
「殴るぞ」
古参が続く。
白衣も歩き出す。
常連だけが残った。
ログが振り返る。
「お前は?」
「見張る」
「倉庫を?」
「ああ」
「一人で大丈夫か」
「もう一人いる」
ログが周りを見る。
「どこに!?」
常連が向かいの建物を指した。
荷物の陰。
男が一人座っている。
こちらへ軽く手を上げた。
ログが黙った。
「いつからいた」
「先に来てた」
「何で」
「見張り」
「誰に言われて」
「誰にも」
「…………」
古参が笑う。
「増えたな」
「笑うな」
常連が言った。
「ここは見てる。行ってこい」
ログが常連を見る。
「何かあったら?」
「伝える」
「中の奴が出たら?」
「つける」
「逃げたら?」
常連が少し笑った。
「逃がさない」
ログは何も言わなかった。
腹が立つくらい役に立つ。
「……頼む」
「おう」
四人は倉庫区を離れた。
背後には死んだ男の倉庫。
十九年前の白衣の記憶。
塞がれたかもしれない入口。
そしていつの間にか二人になっていた常連が残った。
次に調べるのは。
建物そのものだった。




