第8章 ⑮
帳簿が運ばれてきた。
一冊。
二冊。
三冊。
ログが見る。
まだ来る。
四冊。
五冊。
「全部?」
レオが答える。
「全部です」
「聞かなきゃよかった」
「あなたが全部と言ったんですよ」
「そうだけど」
古参が椅子に座る。
「頑張れ」
ログが見る。
「お前も読むんだよ」
「年寄りを働かせるな」
「水路まで歩けるなら読める」
「それは別だ」
「何が違うんだよ」
レオが一冊を開いた。
「話している暇があるなら始めますよ」
三人で帳簿を見る。
管理番号。
日付。
依頼内容。
振り分け先。
細かな目的はない。
依頼元もない。
それでも、何を求めたかは残っていた。
最初の一冊。
今年。
人員、一名。
物資管理所。
今回のエリックだ。
その二か月前。
補修材。
施設管理所。
さらに前。
薬品。
医療物資管理所。
その前。
荷車、一台。
運送管理所。
ログが頁を戻す。
「結構あるな」
「次を見ます」
二冊目。
前年。
食料。
衣類。
油。
紙。
人員。
補修材。
どれも量は多くない。
荷車一台。
木材数本。
保存食。
薬。
毛布。
一名。
二名。
必要な時に。
必要な分だけ。
別々の役所へ依頼が出されている。
古参が帳簿を覗く。
「昔と同じだ」
ログが聞く。
「内容が?」
「ああ」
古参が指で追う。
「食料」
「薬」
「衣類」
「補修材」
「人」
頁をめくる。
「運送」
さらにめくる。
「施設の確認」
レオが聞いた。
「昔もこれだけですか」
古参が首を振る。
「いや」
手が止まる。
「もっと多かった」
ログが顔を上げた。
「量?」
「量も、回数もだ」
古参は昔を思い出す。
「俺がいた頃は、月に何度も来る時があった」
「そんなに?」
「ああ」
「人員の移動も、一人や二人じゃない」
古参の声が少し低くなる。
「三人」
「五人」
「もっと多い時もあった」
レオが今の帳簿を見る。
「現在は」
頁を数える。
「今年に入って七件」
前年は九件。
その前は六件。
多くても月に一度ほど。
何もない月もある。
ログが腕を組む。
「減った?」
「少なくとも、古参の記憶が正しければ」
レオが言う。
古参が睨む。
「そこは正しい」
「確認です」
「二十年以上前の話だぞ」
「だから確認してるんです」
ログが笑う。
古参が見る。
「何だ」
「いや」
「水路」
「俺の台詞だろ、それ」
レオは帳簿を並べた。
今年。
前年。
その前。
さらに前。
記録を遡る。
同じ管理番号。
同じ形式。
同じ処理。
だが。
件数は少ない。
量も少ない。
古参が知る頃とは違う。
「いつから減った」
ログが聞く。
レオが頁をめくる。
「もっと遡らないと」
「まだある?」
「あります」
ログが天井を見る。
「壁じゃないですよ」
「天井だよ!」
受付の役人が追加の帳簿を持ってきた。
ログの顔が止まる。
古参が笑う。
「増えたぞ」
「見れば分かる」
「頑張れ」
「お前もだ!」
古い帳簿へ移る。
十年前。
十五年前。
十八年前。
少しずつ件数が増えていく。
一件ごとの量も多くなる。
食料。
薬品。
衣類。
燃料。
建築資材。
輸送。
人員。
レオが紙へ件数を書き出す。
「十九年前」
さらに一冊開く。
手が止まった。
ログが覗く。
「どうした」
「多い」
その年の途中まで。
今とは比べものにならない数の依頼が出ていた。
人員も。
物資も。
輸送も。
何度も動いている。
だが。
ある時期を境に。
急に減っていた。
ログが帳簿を引き寄せる。
「ここから?」
「そう見えます」
レオが答えた。
十九年前。
その年の途中。
それまで続いていた依頼が、大きく減っている。
完全に止まったわけではない。
番号も消えていない。
ただ。
それまでの規模では動かなくなった。
古参がさらに古い帳簿を見る。
二十年前。
二十一年前。
件数は多い。
一件ごとの量も違う。
古参が頁を指した。
「これだ」
「何が」
「俺が知ってる頃に近い」
複数の部署へ。
繰り返し。
人と物が動いている。
ログが十九年前の帳簿へ戻る。
「じゃあ、この年に何かあった?」
誰も答えない。
古参も知らない。
その頃には、もう中央管理局を離れていた。
レオが減り始めた時期を紙へ書き留める。
「何があったにせよ」
現在の帳簿へ戻る。
「ここで一度、動きが変わっています」
「でも終わってねぇ」
ログが言う。
「はい」
減っただけ。
番号は残った。
規定も残った。
依頼を持ってくる者もいる。
必要な物は今も動いている。
レオが今年の記録を一枚の紙へ書き出した。
人員。
補修材。
薬。
荷車。
食料。
油。
衣類。
ログが横から見る。
「これ」
「何です」
「一個ずつだと分かんなかったけど」
指で順番に追う。
「人がいて」
「はい」
「飯がいる」
「はい」
「薬もいる」
「そうですね」
「服もいる」
古参が続ける。
「建物を直す物もいる」
「運ぶ荷車も」
レオが言う。
三人が紙を見る。
別々の役所へ出された依頼。
それぞれは小さい。
どれも、それだけなら不自然ではない。
だが。
まとめれば違う。
ログが言った。
「何か維持してる?」
レオはすぐには答えなかった。
「可能性はあります」
「倉庫?」
「倉庫だけなら、薬や衣類までは必要ないでしょう」
古参が腕を組む。
「人がいる場所だ」
ログが顔を上げる。
「どこかに?」
「分からん」
「でも、いる?」
古参は紙を見る。
「これだけならな」
食料。
薬。
衣類。
燃料。
補修材。
人員。
輸送。
何かを作るためではない。
一度きりの仕事でもない。
長く。
少しずつ。
切らさないように。
ログが今年の記録を指した。
「行き先は?」
レオが帳簿を見る。
「ここにはありません」
「それぞれの役所なら?」
「残っている可能性があります」
ログが立ち上がった。
「じゃあ調べる」
レオも帳簿を閉じる。
「全部は回りませんよ」
「何で」
「また同じことになります」
ログが止まる。
古参が笑いそうになる。
ログが先に睨んだ。
「笑うな」
「まだ笑ってない」
レオが紙を持ち上げた。
「運送です」
「運送?」
「物資は最終的に運ばれます」
食料も。
薬も。
補修材も。
どこの部署が出したとしても。
運ぶ先がある。
「荷車の記録を追う?」
ログが聞く。
「はい」
「そこなら行き先が分かる?」
「少なくとも、どこへ運ぶよう指示されたかは残っているはずです」
ログが笑った。
「それ先に言えよ」
「今分かったんです」
古参が立ち上がる。
「次は運送管理所か」
「そうです」
ログが扉へ向かう。
今度は早い。
レオが呼び止めた。
「ログ」
「何だよ」
「帳簿を戻してからです」
ログが止まる。
振り返る。
机の上。
大量の帳簿。
古参が一冊持ち上げた。
「頑張れ」
「お前もやれ!」
行政調整室に声が響いた。
何人かの役人がこちらを見る。
レオが頭を下げる。
ログも帳簿を持つ。
その中には。
二十年以上続いた仕事が残っていた。
十九年前に一度、大幅に減った。
それでも途切れず。
今もどこかへ。
人と物を送り続けている。
ログが帳簿を持ったまま止まった。
「待てよ」
レオが振り返る。
「どうしました」
「十九年前?」
「はい」
ログは帳簿を見る。
十九年前。
その年の途中から。
人と物の動きが急に減った。
「……俺たちが地下の変なやつを壊した年だ」
古参が動きを止めた。
レオの顔からも表情が消える。
誰も、すぐには話さなかった。
偶然かもしれない。
まだ何も分からない。
だが。
二十年以上続いていた仕事が。
地下機構が壊された年に。
大きく減っていた。




