第8章 ⑬
エリック・ハーゼを追って、三人は通りを二本渡った。
入ったのは役所だった。
書類を渡す。
受け取った役人が確認する。
印を押す。
エリックは頭を下げた。
外へ出る。
そのまま物資管理所へ戻っていく。
ログが立ち止まった。
「……終わり?」
レオが答える。
「終わりですね」
「普通の仕事?」
「普通の仕事です」
ログが物資管理所へ戻っていくエリックを見る。
「またかよ!?」
通行人が振り返った。
レオがログの腕を引く。
「声が大きい」
「朝から尾けてんだぞ!」
「だからといって、毎回怪しい仕事をするわけではありません」
「分かってるけど!」
「なら静かにしてください」
古参が横で笑った。
ログが見る。
「水路」
「今のは笑った」
「認めるんだな」
「面白かったからな」
「お前な」
レオが二人の間に入る。
「戻りますよ」
「どこに」
「物資管理所」
ログが止まった。
「また?」
「またです」
「さっき戻されたよな?」
「今度は目的があります」
ログが物資管理所を見る。
壁を見る。
入口を見る。
レオが言った。
「正面から入ります」
「何も言ってねぇだろ」
「念のためです」
「何の念だよ」
古参がまた笑った。
ログが睨む。
「お前、今日楽しそうだな」
「少し」
「水路」
「仕事が終わってからにしろ」
三人は物資管理所へ向かった。
今度はエリックではない。
時間外勤務を申請した管理主任。
そこを調べる。
レオが中へ入る。
ログと古参は外で待つ。
「俺も行く」
「駄目です」
「さっき帳簿読めただろ」
「今回は人と話します」
「俺も話せる」
「知ってます」
「じゃあ」
「だから駄目です」
扉が閉まった。
ログが黙る。
古参が壁にもたれた。
「待て」
「分かってる」
「壁を見るな」
ログが古参を見る。
「見ただけだろ」
「さっきから二回見た」
「だから何だよ」
「別に」
「お前まで何なんだよ」
しばらくしてレオが戻ってきた。
手には紙を持っている。
ログがすぐに近づく。
「どうだった」
「管理主任は確かにエリックの時間外勤務を申請しています」
「やっぱりそいつが命令した?」
「違いました」
ログが止まる。
「違う?」
「エリックを出せとは言っていません」
「じゃあ何で手当を申請したんだよ」
レオが紙を見せる。
「人員を一名出すよう依頼が来ています」
古参が壁から離れた。
「どこから」
「王都行政調整室」
ログが眉を寄せる。
「何するとこだ」
「複数の役所に関係する仕事が出た時に、連絡や人員の調整をするところです」
「偉い?」
「特別偉くはありません」
「また普通?」
「普通の部署です」
ログが嫌そうな顔をした。
「もう普通って言葉嫌いになりそう」
レオは気にせず続ける。
「依頼内容は、早朝の臨時確認業務に一名」
「それだけ?」
「それだけです」
「倉庫は」
「書かれていません」
「何を確認するかは」
「書かれていません」
「誰に会うか」
「ありません」
ログが目を細める。
「それで人を出すのか」
「行政調整室から正式な依頼が来れば、不自然ではありません」
古参が聞く。
「管理主任は仕事内容を知らない?」
「知らないそうです」
「じゃあ何でエリックを選んだ」
「条件があった」
レオが紙を指す。
「記録業務経験者」
「早朝勤務が可能」
「当日の通常勤務に支障がない者」
「それだけ?」
「それだけです」
ログが物資管理所の窓を見る。
エリックが中を歩いていた。
「エリックじゃなくてもよかった?」
「おそらく」
その言葉に古参が反応した。
「昔もだ」
ログが振り返る。
「何が」
「同じ奴が来る時もあった」
古参は考える。
「だが、毎回ではなかった」
「別の役人が来た?」
「ああ」
「部署も違ったんだよな」
「そうだ」
レオが紙を見る。
「必要な人間を、その都度出させる」
「誰でもいいのか?」
ログが聞く。
「仕事ができれば」
レオが答える。
「そして余計なことを聞かなければ」
三人が黙る。
エリックは選ばれた。
秘密を知っているからではない。
物資管理所の記録係で。
早朝に働けて。
その後も通常勤務ができる。
それだけだった可能性がある。
「じゃあ」
ログが言った。
「エリックを捕まえても、本当に何も出ねぇな」
「仕事の指示を誰から受けたかは聞けます」
「でもその先は知らない」
「おそらく」
ログが頭を掻く。
「面倒くせぇ仕組みだな」
古参が低く言った。
「だから残ったんだろう」
二十年以上。
人が替わっても。
役所の長が替わっても。
部署が変わっても。
必要な時だけ人を集める。
仕事が終われば戻す。
所属させない。
全体を教えない。
知っている者を増やさない。
ログがレオの持っている紙を見る。
「で、その行政調整室ってとこ行く?」
「行きます」
「今?」
「今です」
ログが少し笑った。
「やっと進むな」
「まだ分かりませんよ」
「言うな」
三人は歩き出した。
物資管理所から行政区画へ向かう。
古参がレオの横へ並んだ。
「その紙」
「何です」
「見せろ」
レオが足を止める。
古参へ紙を渡す。
人員提供依頼の控え。
日付。
依頼内容。
必要人数。
承認印。
古参が順番に見る。
途中で手が止まった。
「待て」
ログが振り返る。
「何だ」
古参は紙の端を見ていた。
「ここ」
小さな管理番号がある。
書類を整理するための番号。
数字の前に、短い記号が付いていた。
古参の顔から表情が消える。
レオも覗き込む。
ログが聞いた。
「何だよ」
古参は答えない。
紙を近づける。
もう一度見る。
「同じだ」
「何が」
「昔の文書」
ログの顔が変わった。
古参は指で記号をなぞる。
「俺が処理した」
人員の移動。
食料。
薬。
衣類。
補修材。
時には武具。
発行者のない文書。
部署番号のない文書。
二十年以上前。
何度も見た。
同じ記号。
ログが紙を取る。
「これが?」
「ああ」
「でも今の書類には発行元があるぞ」
「行政調整室ですね」
レオが言った。
古参が首を振る。
「違う」
「何が」
「この番号は行政調整室の番号じゃない」
レオが古参を見る。
「分かるのか」
「役所ごとに文書番号の付け方がある」
古参は紙を指す。
「昔もそうだった」
「だから俺は最初に気づいた」
「どこの部署にも合わなかった」
ログが紙を見る。
正式な人員提供依頼。
発行元もある。
承認印もある。
管理主任はそれを受け取り。
エリックを選び。
時間外勤務を申請した。
会計は手当を支払った。
全部、普通の手続きだった。
ただ一つ。
書類の端に付いた番号だけが。
二十年以上前から変わっていない。
「行政調整室が出してるんじゃねぇの?」
ログが聞く。
レオは少し考えた。
「表向きは」
「表向き?」
「行政調整室の書式を使っている」
レオは紙を見た。
「でも、この管理番号が別に付いているなら」
古参が続ける。
「その前がある」
ログが顔を上げる。
「誰かが行政調整室に依頼してる?」
「その可能性があります」
レオが頷いた。
人員を一人出せ。
その命令を受けた行政調整室が。
物資管理所へ依頼を出す。
物資管理所はエリックを選ぶ。
エリックは指定された仕事をする。
会計は時間外手当を払う。
誰も全体を知らない。
だが。
最初に人間を一人必要とした者だけは。
何のために必要なのか知っている。
ログが紙を返した。
「そこまで行けばいい」
レオが受け取る。
「ああ」
古参が行政区画を見る。
「簡単には出ないぞ」
ログもそちらを見る。
「知ってる」
「また待たされるかもしれん」
ログが古参を見る。
「それ以上言うな」
「別棟かもしれん」
「お前、本当に水路行きたい?」
古参が黙った。
レオが歩き出す。
「行きますよ」
ログも続く。
「今度こそ頼むぞ」
「何をです」
「進め」
「俺に言われても」
「役人だろ」
「役人にもできないことはあります」
ログが足を止めかける。
レオが振り返った。
「壁は駄目ですよ」
「だから何もしてねぇって!」
今度は古参が声を出して笑った。
ログが追いかける。
「待て爺!」
「水路は仕事が終わってからだ」
「覚えてろよ!」
三人は行政区画へ向かった。
二十年以上前から続く番号を持って。




