第8章 ②
地下倉庫は静まり返っていた。
木箱が並ぶ。
その数は十を超えている。
どれも人事記録。
どれも役所から運び出されたものだった。
「開けるぞ」
古参が言った。
誰も反対しない。
一番近くの箱を引き寄せる。
蓋を外す。
中には帳簿が詰まっていた。
年代ごとに分けられている。
整理されている。
慌てて運び出したにしては綺麗だった。
「持ち出す予定だったんだろうな」
レオが言う。
古参も頷いた。
「ああ」
偶然じゃない。
前から準備していた。
誰かがいた。
帳簿が机へ積まれる。
主が酒ではなく茶を置いた。
「長くなるぞ」
「だろうな」
古参が受け取る。
常連達も帰らない。
椅子を持ち込んで座っていた。
「お前ら帰れ」
「嫌だ」
「何でだ」
「気になる」
古参は諦めた。
もう好きにしろ。
帳簿を開く。
名前。
所属。
異動。
退職。
昇進。
延々と続く。
地味な記録だが今夜は違った。
「十五年前だ」
レオが言う。
「そこを探せ」
全員の手が動き始める。
紙をめくる音だけが響く。
やがて。
白衣の手が止まった。
「いた」
全員が顔を上げる。
「誰だ」
古参が聞く。
白衣は帳簿を机へ置いた。
指で一行を示す。
「元上司だ」
レオが覗き込む。
間違いない。
探していた名前だった。
「所属は」
古参が聞く。
白衣が読む。
「記録管理課」
「異動歴あり」
「十五年前の春」
レオの顔が険しくなる。
「事件の直前だな」
「ああ」
白衣は頷いた。
さらに読み進める。
そこで。
眉が動いた。
「どうした」
ログが聞く。
白衣は答えない。
帳簿を見ている。
もう一度。
確認する。
それから静かに言った。
「承認者がいる」
部屋が静かになる。
異動記録の下。
署名欄。
そこに書かれていた名前。
白衣が指差した。
古参が読む。
レオも。
そして。
誰も喋らなくなった。
中央管理局。
第三監察課。
監察官。
その肩書が。
そこにあった。
ログが帳簿を見る。
「中央管理局か」
「ああ」
白衣が答える。
「元上司の異動を承認してる」
レオの目が細くなる。
「関わってた」
「最初からな」
十五年前。
消えた役人。
消えた記録。
地下機構。
そして中央管理局。
線が一本ずつ繋がっていく。
古参が次のページをめくった。
その瞬間。
手が止まる。
「待て」
全員が見る。
古参はページを睨んでいた。
「どうした」
レオが聞く。
古参は答えない。
帳簿を回した。
全員から見えるように。
そこには。
もう一つの名前があった。
レオの元上司。
そのすぐ下。
同じ異動記録。
同じ承認印。
そして。
同じ異動先。
部屋が静かになる。
ログが眉を寄せた。
「何だ」
古参は指を滑らせる。
もう一つの名前を示した。
レオの呼吸が止まる。
ゆっくりと。
その名を読む。
そして。
息を呑んだ。
十五年前に消えた男の名前だった。
椅子が倒れる。
レオが立ち上がっていた。
誰も気にしない。
「生きてたのか」
掠れた声だった。
白衣は首を振る。
「分からん」
「記録があるだけだ」
だが。
それだけで十分だった。
十五年前。
突然消えた男は。
少なくとも記録の上では。
あの日の前後まで生きていた。
しかも。
元上司と同じ時期に。
同じ承認を受け。
同じ場所へ異動している。
偶然とは思えなかった。
古参は帳簿を見つめる。
そして低く呟いた。
「繋がってるな」
誰も否定しない。
十五年前。
二人は同じ場所へ送られた。
その異動記録には。
中央管理局の署名が残っていた。




