第8章 ①
鴉樽へ戻った頃には、夜も深くなっていた。
主が店の前で腕を組んで待っている。
荷車を見る。
古参を見る。
レオを見る。
そして最後にログを見る。
「増えたな」
「増えた」
古参が答えた。
それ以上は聞かない。
どうせ中で話す。
主はそういう顔だった。
荷車は裏口から運び込まれた。
地下の倉庫。
樽や保存食を置く場所だったが、今夜だけは違う。
木箱が次々と並べられる。
帳簿。
名簿。
人事記録。
異動届。
退職届。
役所から持ち出された大量の資料。
常連達も手伝っていた。
「重いな」
「紙だぞ」
「紙は重い」
「確かに」
妙な納得が広がる。
古参は放っておいた。
今はそれどころではない。
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全て運び終えた頃。
ログは懐へ手を入れた。
橋で拾った金属板を取り出す。
小さな識別証。
傷だらけだった。
古参が見る。
「それか」
「ああ」
レオも覗き込む。
表には見覚えのない紋章。
裏には番号。
名前はない。
数字だけ。
主が受け取った。
しばらく眺める。
首を傾げる。
「分からんな」
「俺もだ」
ログが答えた。
地下で見たことはある。
だが詳しくは知らない。
白衣達が持っていた。
それだけだ。
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その時。
階段から足音がした。
全員が振り返る。
降りてきたのは白衣だった。
地下機構から逃げ延びた元研究員。
ログが呼び出したらしい。
白衣は不機嫌そうだった。
「夜中だぞ」
「知ってる」
「明日にしろ」
「嫌だ」
白衣はため息を吐いた。
いつものやり取りだった。
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「見ろ」
ログが識別証を投げる。
白衣は反射的に受け取った。
何気なく見た。
そして。
止まった。
部屋が静かになる。
白衣はもう一度見る。
表。
裏。
番号。
刻印。
全て。
確認するように。
長い沈黙。
レオが口を開く。
「知ってるのか」
白衣はすぐに答えなかった。
珍しく顔色が悪い。
やがて。
低く言った。
「どこで手に入れた」
「橋」
ログが答える。
「逃げた男が落とした」
白衣の眉が動く。
「そうか」
それだけだった。
だが重かった。
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古参が聞く。
「何なんだ」
白衣は識別証を机へ置く。
まるで汚い物でも扱うように。
「中央管理局だ」
誰も喋らなかった。
レオだけが反応する。
「あの印か」
白衣が頷く。
「ああ」
昔。
地下から逃げてきた子供が描いた印。
レオが見て言った。
表の管理局。
あの時の印だった。
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古参が腕を組む。
「何をする部署だ」
白衣は笑わなかった。
「監察」
短く答える。
「貴族の不正を調べる」
「警邏も調べる」
「施設も調べる」
「記録も調べる」
役人達が顔を見合わせる。
それだけ聞けば真面目な部署だ。
むしろ必要な部署。
だが白衣の顔は暗いままだった。
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「本来ならな」
その一言で空気が変わる。
ログが識別証を見る。
「本来なら?」
白衣はしばらく黙った。
何かを思い出しているようだった。
やがて。
静かに言う。
「地下機構で起きたこと」
「子供の収容」
「移送」
「記録改竄」
「洗脳」
「失踪」
部屋が静まる。
「全部、あいつらがやっていた」
誰も動かない。
白衣の声だけが響く。
古参の目が細くなる。
「国の命令か」
白衣は頷いた。
「ああ」
その返事は重かった。
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「中央管理局は監察部門だ」
白衣は識別証を見つめる。
「だが同時に」
「国の方針を執行する部署でもあった」
ログの目が細くなる。
レオの拳が握られる。
十五年前。
妹が消えた。
役人が消えた。
記録が消えた。
その全ての先に。
この部署がある。
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白衣は識別証を裏返した。
刻まれた番号を見る。
そして。
初めて表情を変えた。
「……おかしい」
全員が見る。
「何だ」
ログが聞く。
白衣は番号を指差した。
「この番号」
「管理局の中でも上位だ」
地下倉庫の空気が張り詰めた。
「つまり?」
レオが聞く。
白衣は識別証から目を離さない。
そして。
低く答えた。
「橋にいたのは」
「ただの実行犯じゃない」
誰も喋らなかった。
白衣だけが続ける。
「中央管理局の幹部クラスだ」
十五年前から続く影は。
思っていたよりずっと大きかった。




