第7章 ㉘
「やっと当たりだな」
ログが笑った。
黒い外套の男は動かない。
周囲の男達も。
誰も剣を抜かなかった。
その静けさが逆に不気味だった。
古参が前へ出る。
「名前を聞いている」
男は答えない。
代わりに荷車へ手を置いた。
「これが見つかるとは思わなかった」
「失敗したってことか」
レオが言う。
男は少し笑う。
「そうだな」
あっさり認めた。
古参の眉が寄る。
「逃げる気はないのか」
「ある」
男は答えた。
「だが」
視線がログへ向く。
「少し興味が湧いた」
ログは首を傾げる。
「何にだ」
「お前にだ」
風が吹く。
橋の下で川が流れる音がした。
男は続ける。
「十五年」
「誰も辿り着けなかった」
「誰も気付かなかった」
「なのにお前はここまで来た」
ログは肩を竦める。
「運が良かった」
「違うな」
男は即座に否定した。
「運だけなら死んでいる」
古参が苛立ったように言う。
「質問に答えろ」
「十五年前に何をした」
男は見向きもしない。
レオが一歩前へ出る。
「俺の妹をどこへ送った」
初めて。
男の視線がレオへ向いた。
「生きていたのか」
その一言で。
レオの拳が握られる。
「知っていたな」
男は答えない。
沈黙。
それが答えだった。
レオが剣へ手を掛ける。
古参が止めた。
「待て」
「待てるか」
「待て」
低い声だった。
レオは動きを止める。
男はその様子を見ていた。
まるで他人事みたいに。
「知っていることを話せ」
古参が言う。
「話さなければ」
「どうする」
男が聞き返す。
古参は答えなかった。
代わりに。
ログが言った。
「面倒になる」
男が少し笑った。
「それは困るな」
「だろ」
「だが」
男の目が細くなる。
「もう遅い」
その瞬間だった。
後ろにいた男達が荷車へ飛び付く。
古参が叫んだ。
「止めろ!」
遅かった。
男の一人が松明を投げる。
荷台へ。
布へ。
火が走る。
一瞬だった。
「くそっ!」
レオが駆け出す。
古参も続く。
荷車へ飛び付く。
布を剥がす。
火を叩く。
幸い。
まだ燃え広がっていない。
だが。
その隙だった。
「逃げるぞ!」
誰かが叫ぶ。
男達が散る。
森へ。
川沿いへ。
街道へ。
四方へ逃げ始める。
古参が振り返る。
「若造!」
ログを見る。
ログは動いていなかった。
黒い外套の男だけを見ている。
男も。
ログだけを見ていた。
「お前だな」
ログが言う。
男は笑った。
初めて。
はっきりと。
「そうだ」
その答えと同時に。
男は橋の欄干へ飛び乗った。
レオが振り返る。
「待て!」
男は振り返らない。
月明かりの中。
外套が翻る。
そして。
川へ飛び込んだ。
大きな水音。
白い飛沫。
闇。
それだけだった。
ログが橋へ駆け寄る。
下を見る。
流れは速い。
姿はない。
古参も追い付く。
「見えるか」
「いや」
ログは川を睨む。
何も見えない。
逃げた。
確かに。
だが。
完全に無駄ではなかった。
レオが荷車の方から叫ぶ。
「火は消えた!」
古参が振り返る。
荷車は無事だった。
記録も残っている。
そして。
橋の上には。
男が立っていた場所に。
何かが落ちていた。
ログが拾い上げる。
小さな金属板だった。
古びた認識票。
汚れている。
だが文字は読めた。
月明かりの下。
ログの目が細くなる。
古参が聞いた。
「何て書いてある」
ログはしばらく黙っていた。
そして。
ゆっくりと答えた。
「……研究員番号」
全員が止まる。
「何だと」
レオが振り返る。
ログは認識票を見つめた。
そこに刻まれていたのは。
名前ではない。
番号だった。
地下機構で使われていた。
研究員の識別番号。
「何でこんな物が」
古参が呟く。
ログは認識票を握った。
十五年前。
役所。
地下。
妹。
元上司。
全部が。
また一つ繋がった。




