第7章 ㉕
ログは森の中を走っていた。
枝を避ける。
根を飛び越える。
月明かりは弱い。
だが関係なかった。
前にいる。
それだけで十分だった。
逃げる男達も必死だった。
後ろから聞こえる足音。
消えない。
離れない。
むしろ近付いてくる。
「何なんだあいつ!」
一人が叫ぶ。
「知らねぇよ!」
「人間か!?」
「知らねぇって言ってるだろ!」
二人は転ぶように斜面を下る。
木々の隙間を抜ける。
それでも。
足音は後ろにあった。
一定だった。
慌てない。
焦らない。
ただ追ってくる。
それが余計に怖かった。
「くそっ!」
男の一人が振り返る。
月明かりの中。
ログの姿が見えた。
近い。
思ったよりずっと近い。
「追い付かれる!」
「止まるな!」
二人はさらに速度を上げた。
その瞬間。
前を走っていた男の足が根に引っ掛かる。
「うわっ!」
転んだ。
地面を転がる。
もう一人が振り返る。
助けようとする。
だが。
その前にログが追い付いた。
男が慌てて短剣を抜く。
「来るな!」
ログは止まらない。
短剣が振られる。
避ける。
腕を掴む。
捻る。
男が悲鳴を上げた。
短剣が飛ぶ。
次の瞬間。
地面へ叩き伏せられていた。
「ぐっ!」
もう一人が逃げる。
走る。
全力で。
だが数歩だった。
背中を掴まれる。
そのまま地面へ転がされた。
「離せ!」
「嫌だ」
即答だった。
男が絶望した顔をする。
ログは二人を見下ろす。
少し息は上がっている。
だが余裕はあった。
「さて」
男達が顔を引きつらせる。
「誰に頼まれた」
「知らねぇ!」
「本当か」
「本当だ!」
ログはしゃがむ。
二人を見る。
怯えていた。
鴉樽に来た三人と同じ顔だった。
使われているだけ。
そういう顔。
「役所の奴か」
「知らねぇ!」
「顔は」
「見た!」
男が慌てて答える。
「でも名前は知らねぇ!」
ログの目が細くなる。
「どんな奴だ」
男は説明する。
背格好。
服装。
年齢。
覚えている限り。
全部。
ログは聞いていた。
やがて。
一つ気になる言葉が出る。
「腕章?」
男が頷く。
「ああ」
「役所の人間が付けるやつだ」
ログが黙る。
役所。
やはり繋がる。
「どこへ運べって言われた」
「知らねぇ!」
「本当にか」
「俺達は護衛だ!」
男が叫ぶ。
「荷車を途中まで守れって言われただけだ!」
ログが聞く。
「途中?」
男の顔が青くなる。
言ってしまったと気付いたらしい。
「どこだ」
男は黙った。
ログも黙る。
森が静かになる。
風だけが鳴っていた。
やがて。
男が諦めたように口を開く。
「古い石橋だ」
ログが顔を上げる。
「何だって?」
「東街道の先」
男は震える声で言った。
「古い石橋で別の連中と合流する予定だった」
ログの目が細くなる。
荷車は囮だった。
その可能性が頭をよぎる。
だから逃げた。
だから荷車を捨てた。
まだ終わっていない。
「何人だ」
「知らねぇ!」
「何人待ってる」
「分からねぇ!」
男は半泣きだった。
本当に知らないらしい。
ログは立ち上がる。
考える。
荷車。
石橋。
合流。
そして。
十五年前。
全部がまだ繋がっている。
ログは男達を見る。
「逃げるなよ」
「逃げねぇよ!」
「逃げられねぇよ!」
二人は叫んだ。
ログは頷く。
それから。
来た道を振り返る。
月明かりの向こう。
東街道。
その先にある古い石橋。
もし荷車が囮なら。
本命はまだ動いている。
ログは笑った。
「面倒だな」
そして。
再び走り出した。
今度は。
石橋へ向かって。




