第7章 ㉒
それはつまり。
追われる理由があるということだった。
誰も口を開かない。
空になった棚。
散らばった紙。
そして。
『スヴェトグラス』
と書かれた一枚。
古参が息を吐いた。
「人事だ」
全員が見る。
「先にそっちを見る」
レオが頷く。
「ああ」
記録庫はもう荒らされた後だ。
だが人事課なら違う。
何か残っているかもしれない。
「案内しろ」
古参が役人へ言う。
役人はすぐ頷いた。
「こっちだ」
全員が記録庫を出る。
廊下を進む。
役所の中は騒然としていた。
走る役人。
飛び交う声。
慌ただしい足音。
誰もが異変を知っている。
人事課は二階だった。
扉が開いている。
中には数人の役人。
机を調べていた。
古参が入る。
「どこだ」
「奥です」
案内された先。
一つの机があった。
引き出しは全て開いている。
中は空。
書類一枚残っていない。
「綺麗だな」
ログが言う。
古参も頷いた。
綺麗すぎた。
仕事机ではない。
まるで。
最初から何もなかったようだった。
レオが机へ近付く。
手で天板をなぞる。
「最近だな」
「何がだ」
「片付けたの」
埃がない。
引き出しの跡も新しい。
急いで運び出した痕跡が残っている。
古参が周囲を見る。
「私物は」
役人が答えた。
「何も」
「家族の写真も」
「筆記具も」
「替えの服も」
「全部ない」
ログが呟く。
「逃げる気満々じゃねぇか」
誰も否定しなかった。
その時。
レオの視線が止まる。
机の足元。
壁との隙間。
何かが見えた。
しゃがむ。
指を伸ばす。
紙だった。
小さい。
折れ曲がった切れ端。
「レオ」
ログが見る。
レオは紙を拾い上げた。
文字が残っている。
ほんの少しだけ。
古参が近付く。
「読めるか」
レオは目を細めた。
「……通行」
「通行?」
「その下は切れてる」
古参が紙を受け取る。
考える。
役所で使う書類。
通行。
許可。
申請。
いくつもある。
だが。
役人の一人が顔を上げた。
「通行証か」
全員が見る。
「何だそれ」
ログが聞く。
「役所の荷物を運ぶ時に使う」
役人が答えた。
「検問や門を通るための許可証だ」
古参の目が細くなる。
「大量の荷物でも通れるな」
「ああ」
「記録を運び出せる」
部屋が静かになる。
レオが聞く。
「発行記録は」
役人達が顔を見合わせた。
そして。
一人が青い顔で答えた。
「あります」
古参が即座に言う。
「持って来い」
役人が飛び出していく。
ログは机を見る。
空っぽだった。
記録庫も。
机も。
綺麗に消されている。
だが。
消し切れていない。
焦っている。
急いでいる。
だから。
切れ端が残る。
紙が残る。
痕跡が残る。
主の言葉を思い出す。
証拠を消すなら今夜だ。
その通りだった。
だが。
間に合わなかったらしい。
数分後。
役人が戻ってくる。
分厚い帳簿を抱えていた。
「これです」
古参が受け取る。
机へ置く。
帳簿を開く。
全員が覗き込む。
ページをめくる。
一枚。
二枚。
三枚。
そして。
古参の手が止まった。
「……あった」
レオが見る。
ログも見る。
そこには確かに記載されていた。
発行日時。
今日。
荷物運搬許可。
発行担当。
人事課。
そして。
荷物の内容。
その欄だけが。
黒く塗り潰されていた。
誰かが後から。
慌てて消したように。
雑に。
力任せに。
「おいおい」
ログが笑う。
「本当に焦ってるな」
古参は帳簿を睨んだ。
黒い塗り潰し。
その下に何が書かれていたのか。
それが分かれば。
運び出された物も。
向かった先も。
見えてくる。
そして。
十五年前の続きも。




