↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/151

第7章 ⑳ 

夜の空気が一気に冷えた。


古参が役人を見る。


「全部か」


役人は頷いた。


「棚ごと抜かれてる」


「何がなくなった」


「まだ確認中だ」


古参は舌打ちした。


「確認しろ」


「してる!」


役人も余裕がなかった。


顔が青い。


記録庫が荒らされた。


それだけでも大問題だ。


「行くぞ」


古参が走り出す。


全員が後に続いた。


役所の裏門。


警備が集まっている。


灯りも増えていた。


人の声。


足音。


慌ただしい。


古参が中へ入る。


誰も止めなかった。


止められる状況ではない。


記録庫は建物の奥だった。


重い扉。


その前に数人の役人が立っている。


扉は開いていた。


古参が中へ入る。


ログ達も続く。


そして。


全員が止まった。


「……何だこれ」


ログが呟く。


棚が空だった。


壁際に並んでいたはずの書架。


そこから大量の記録が消えている。


床には紙切れ。


破れた紐。


倒れた箱。


まるで嵐でも通った後だった。


古参が棚へ近付く。


指で埃をなぞる。


新しい。


ついさっきまで何かがあった。


「運び出したな」


レオが低く言う。


「ああ」


古参は頷いた。


「かなりの量だ」


ログが棚を見る。


「元上司の記録か」


「分からん」


古参は首を振る。


「だが」


空になった棚を見渡す。


「探されたくない物があるのは確かだ」


役人の一人が近付いてきた。


「古参」


「何だ」


「裏門の鍵は壊されてない」


古参が振り返る。


「中の人間か」


「恐らく」


部屋が静かになる。


外から侵入したなら話は早い。


だが違う。


鍵を持つ者。


もしくは。


開けられる者。


「何人が出入りできる」


レオが聞く。


役人は顔をしかめた。


「多い」


「具体的には」


「管理担当」


「夜勤」


「警備」


「上役」


「それ以外にもいる」


ログが呆れた。


「ざるだな」


役人が睨む。


「役所を馬鹿にするな」


「してねぇ」


ログは棚を指差した。


「現実を見てる」


役人は返せなかった。


その通りだった。


古参は歩き回る。


床。


棚。


窓。


一つずつ確認していく。


ふと。


足が止まった。


「どうした」


レオが聞く。


古参は床を見ている。


そこには小さな紙片。


破れた切れ端。


古参が拾い上げた。


文字が残っている。


ほんの少しだけ。


「読めるか」


レオが覗き込む。


古参は目を細めた。


「……人事」


「人事記録か」


「ああ」


さらに下を見る。


別の切れ端。


それも拾う。


「異動」


「退職」


「職員名簿」


古参の顔が険しくなる。


ログも気付いた。


「記録庫全部じゃねぇな」


古参が頷く。


「ああ」


「人事関係だ」


誰かが意図的に選んで持ち出している。


火事ではない。


盗賊でもない。


探していた物を。


正確に持って行った。


レオの拳が握られる。


「十五年前か」


古参は答えない。


だが否定もしない。


その時。


後ろから声がした。


「古参!」


 別の役人だった。


 息を切らしている。


「何だ」


「見つかった」


 全員が振り返る。


 役人は青い顔のまま言った。


「持ち出し記録だ」


 古参の目が細くなる。


「誰だ」


 役人は紙を差し出した。


「これだ」


 古参が受け取る。


 目を通す。


 その動きが止まった。


 レオも覗き込む。


 顔色が変わる。


 ログは二人を見る。


「誰だ」


 誰も答えない。


「おい」


 古参がゆっくり紙を下ろした。


 その顔から表情が消えている。


「……嘘だろ」


 役人の一人が呟いた。


 ログが紙を奪う。


 名前を見る。


 知らない名前だった。


「誰だよ」


 古参が答える。


「現職だ」


 部屋が静かになる。


「今も役所にいる」


 レオの顔が険しくなる。


「どこの部署だ」


「人事」


 短い返答だった。


 だが十分だった。


 人事。


 異動。


 退職。


 職員名簿。


 消えた記録と繋がる。


 ログが聞く。


「そいつが持ち出したのか」


「分からん」


 古参は首を振った。


「だが許可は出している」


「本人名義でな」


 レオが紙を睨む。


「本物か」


「筆跡は本人だ」


 役人が答えた。


「少なくとも俺にはそう見える」


 ログが腕を組む。


「じゃあ黒だろ」


「そう簡単なら苦労しない」


 古参は即座に否定した。


「脅されたかもしれん」


「騙されたかもしれん」


「名前だけ使われた可能性もある」


「だが」


 古参の声が低くなる。


「話は聞かなきゃならん」


 レオが頷く。


「ああ」


 その時だった。


 別の役人が記録庫へ飛び込んできた。


「古参!」


「今度は何だ」


「探した!」


 息を切らしている。


「いたのか」


「いない!」


 役人が叫んだ。


「席にいない!」


 全員の顔が変わった。


「いつからだ」


 古参が聞く。


「分からん!」


「誰も見てない!」


 ログが小さく笑う。


「逃げたな」


 古参は否定しなかった。


 できなかった。


 人事の役人。


 持ち出し許可。


 消えた大量の記録。


 そして本人不在。


 偶然にしては出来すぎている。


 レオが低く言う。


「家は」


「確認に行かせた」


 古参が答える。


「だが期待するな」


「もう戻らんだろう」


 役所の人間達がざわつく。


 誰もが気付き始めていた。


 記録庫荒らしではない。


 内部犯だ。


 しかも。


 一人でやったとは思えない。


 大量の記録。


 持ち出し。


 運搬。


 逃走。


 全部を一人でやるには無理がある。


 ログが空になった棚を見る。


「まだいるな」


 古参も同じ棚を見た。


「ああ」


 十五年前の人間だけじゃない。


 今も。


 役所の中にいる。


 それも。


 一人や二人ではない。


 その時。


 記録庫の入口で。


 誰かが小さく息を呑んだ。


 全員が振り返る。


 そこには。


 顔を青くした若い役人が立っていた。


「どうした」


 古参が聞く。


 若い役人は震える指で棚を指した。


「あ、あの……」


「何だ」


「それ」


 全員の視線が向く。


 空になった棚の奥。


 誰も見ていなかった場所。


 そこに。


 一枚だけ紙が残されていた。


 まるで。


 見つけられるのを待っていたかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。