第7章 ⑲
誰も。
もう座ってはいなかった。
古参が先に動く。
「どれくらい前だ」
常連は息を整えながら答えた。
「少し前だ」
「何人いた」
「分からん」
「見たのか」
「影だけだ」
古参が舌打ちした。
「くそ」
レオが聞く。
「火か」
「まだ分からん」
古参は扉へ向かう。
「だが記録庫ならまずい」
ログも後ろへ続く。
「行くぞ」
「だからお前は待て」
「嫌だ」
即答だった。
古参の眉が寄る。
「何でだ」
「今、証拠消されたら困るだろ」
「それはそうだが」
「じゃあ行く」
古参は頭を抱えた。
レオが肩を叩く。
「諦めろ」
「お前も止めろ」
「無理だ」
主が立ち上がる。
「お前らだけで行くな」
全員が見る。
「常連」
「何だ」
「表へ出てる奴らを呼べ」
数人が頷く。
「分かった」
「裏口も見とくか?」
「ああ」
主は短く答えた。
「逃がすな」
常連達が散る。
ついさっきまで酒を飲んでいた。
それなのに誰一人文句を言わない。
古参が呆れたように笑った。
「何なんだ、お前ら」
主が煙草を咥える。
「暇なんだろ」
「違いない」
常連達が笑う。
ログは扉を押し開けた。
夜風が入る。
日が落ち始めていた。
王都の灯りが少しずつ増えている。
古参が前。
レオが隣。
ログが後ろ。
常連達も続く。
「目立つな」
古参が振り返る。
「もう遅いだろ」
ログが答えた。
それもそうだった。
役所へ名前を聞きに行き。
妹を攫いに来た連中を捕まえ。
今から記録庫へ向かう。
今さら静かに動く段階ではない。
古参が諦めたように息を吐く。
「走るぞ」
全員が速度を上げた。
表の町。
役所へ近付く。
遠くからでも異変は分かった。
役所の裏手。
人の少ない方角。
灯りが揺れている。
「……火だな」
レオが低く言った。
古参の顔が険しくなる。
「間に合え」
走る。
石畳を蹴る。
役所の裏門が見えた。
そこには人影が二つ。
大きな荷物を抱えている。
ログの目が細くなる。
「あれか」
一人がこちらへ気付いた。
「ちっ!」
荷物を落とす。
そして走った。
反対方向へ。
古参が怒鳴る。
「止まれ!」
当然止まらない。
ログが笑った。
「逃げたな」
「嬉しそうに言うな!」
古参が怒鳴る。
ログはもう走り出していた。
レオも続く。
二人の距離が一気に縮まる。
逃げた男達も必死だった。
裏路地へ飛び込む。
角を曲がる。
だが。
前から常連が現れた。
「おう」
男が止まる。
反対へ向く。
そこには別の常連。
「残念」
挟まれた。
男達の顔が青くなる。
「どけ!」
剣が抜かれる。
常連が笑う。
「また抜いたぞ」
「今日は多いな」
男が突っ込む。
次の瞬間。
拳が飛んだ。
一人が倒れる。
もう一人もレオに足を払われ転がった。
古参が追い付き。
男達を見る。
「誰の命令だ」
答えない。
ログが近付く。
男の顔が強張った。
「お前」
「何だ」
「スヴェ――」
男は最後まで言えなかった。
ログの拳が額へ落ちた。
「余計なこと言うな」
男が気絶する。
周囲が静かになる。
古参がゆっくり振り返った。
「今」
ログは首を傾げる。
「何だ」
「殴ったな」
「黙らせた」
「殴ったな」
「黙らせた」
レオが横を向いた。
笑うのを堪えている。
古参は額を押さえる。
その時だった。
役所の方から声が上がる。
「古参!」
振り返る。
裏門の方から役人が走ってきた。
顔色が悪い。
「どうした」
役人は息を切らしながら叫んだ。
「記録庫が荒らされてる!」
全員の表情が消えた。
「燃えたのか」
古参が聞く。
役人は首を振る。
「違う!」
そして。
震える声で言った。
「記録が全部持ち出されてる!」
夜の空気が。
一気に冷えた。




