第7章 ⑱
誰かが。
今も役所の中にいる。
十五年前から続くものがまだ終わっていなかった。
部屋の空気が重くなる。
男は寝台の上で俯いた。
古参は腕を組む。
ログは煙草を取り出しかけて医者に睨まれた。
「どうする」
レオが聞く。
古参はすぐに答えなかった。
考えている。
役所の中。
記録が消えた。
名前を出したその日に人が動いた。
そして今。
その実働役がここにいる。
「まず確認だ」
古参が言った。
「お前」
寝台の男を見る。
「名前は」
男は答えた。
古参が頷く。
やはり知っている。
「何年役所へ出入りしてる」
「十七年」
レオが顔を上げた。
長い。
十五年前より前からだ。
古参が続ける。
「誰とでも話せる立場か」
「荷物を運ぶからな」
男は苦笑した。
「顔だけは広い」
その顔が少し曇る。
「……俺」
「何をしてた」
誰も答えない。
男は自分で理解したらしい。
目を閉じた。
「そうか」
短い言葉だった。
主が口を開く。
「今朝役所へ行った」
全員が見る。
「ああ」
古参が頷く。
「受付」
「記録庫」
「それから鴉樽」
主は煙草の煙を吐いた。
「お前を見ていた奴がいるかもしれん」
古参の顔が険しくなる。
「いるだろうな」
「少なくとも名前は聞かれてる」
ログが言う。
「元上司」
「消えた男」
「ああ」
古参も認めた。
隠す意味はない。
向こうは知っている。
問題は。
向こうが次に何をするかだ。
レオが低く言う。
「逃げるか」
「証拠を消すか」
「口を封じるか」
男が顔を上げた。
「俺か」
誰も否定しない。
男は苦く笑った。
「嫌われたもんだな」
「好かれるような仕事じゃねぇ」
ログが言う。
男は返せなかった。
古参が机を指で叩く。
一度。
二度。
それから決めたように顔を上げた。
「今夜」
ログが見る。
「何だ」
「役所は閉まる」
「当たり前だ」
「だが中には人が残る」
レオの目が細くなる。
古参は続けた。
「夜勤もいる。記録庫の管理もある警備もいる」
「つまり」
ログが言う。
「今夜も誰かいる」
「ああ」
古参は頷く。
「そして」
少し間を置く。
「今夜なら動くかもしれん」
主が小さく笑った。
「同じこと考えたか」
古参も見る。
「お前もか」
「証拠を消すなら今夜だ」
誰も反論しない。
今朝、名前を掘り返した。
昼、妹を攫いに来た。
夕方、失敗した。
向こうから見ても。
状況は最悪だ。
「見張るか」
レオが聞く。
古参は頷く。
「ああ」
ログも立ち上がった。
「じゃあ行くぞ」
「座れ」
即答だった。
ログが止まる。
「何でだ」
「お前が行けば目立つ」
「目立たねぇよ」
「目立つ」
古参も主も。
同時だった。
常連達まで頷いている。
「目立つな」
「目立つ」
「かなり目立つ」
ログが周囲を見る。
「何でだ」
全員が黙った。
レオだけが答える。
「自覚ないのか」
「ねぇな」
古参が大きく息を吐く。
「若造」
「何だ」
「お前は地下街では有名人だ」
ログは眉を寄せた。
「何で」
「何でだと思う」
「知らねぇ」
古参は諦めた。
主も諦めていた。
レオだけ少し笑う。
その時だった。
鴉樽の扉が開く。
全員が振り返る。
入ってきたのは。
先ほど古参を呼びに行った常連だった。
息を切らしている。
「おい!」
主が見る。
「どうした」
常連は答えた。
「役所だ」
部屋の空気が変わる。
「何だ」
ログが聞く。
常連は息を整え。
言った。
「さっきまで灯りが点いてた部屋が」
古参の顔が変わる。
「どの部屋だ」
常連は答えた。
古参が椅子を蹴るように立ち上がった。
「記録庫か!」
誰も。
もう座ってはいなかった。




