第7章 ⑰
鴉樽の扉が勢いよく開いた。
古参が入ってくる。
「お前ら!」
ログが振り返る。
「早かったな」
「動くなと言っただろ!」
「動いてねぇ」
「嘘をつけ!」
レオが横から言う。
「本当に動いてない」
古参が止まる。
「何?」
ログが床を指差す。
そこには縄で縛られた男が二人。
「向こうから来た」
古参は二人を見る。
それから。
ログを見る。
レオを見る。
「……何があった」
常連が手を挙げた。
「俺達が捕まえました」
別の一人も。
「三人」
「一人は奥」
「何で一人だけ奥なんだ」
「寝てる」
「寝てる?」
古参の顔が引きつる。
ログが言う。
「説明する」
「最初からしろ」
古参は椅子へ座った。
ログ達は話した。
三人が鴉樽へ来たこと。
レオの妹を連れて行こうとしたこと。
常連達が捕まえたこと。
一人だけ合言葉に反応したこと。
古参がログを見る。
「合言葉?」
「スヴェトグラス」
古参の眉が寄る。
「さっき俺にも言ったな」
「ああ」
「何なんだ」
ログは少し考えた。
今度は答えた。
「人を繋ぐ仕組みがある」
古参は黙る。
「命令に逆らえなくする」
「……何だ、それは」
「俺達も全部分かってるわけじゃねぇ」
レオが続ける。
「だが実在する」
「情報局でも見つかった」
古参の顔が変わる。
ログは言う。
「スヴェトグラスに反応する奴は」
「繋がってる」
「そして」
古参が奥を見る。
「寝てる奴がそうだった?」
「ああ」
「黙れって言ったら倒れた」
古参がログを見る。
「お前が?」
「俺が」
「何でそんな物騒な言葉ばかりなんだ」
「俺に言うな」
その時、奥から医者が顔を出した。
「起きたぞ」
全員が見る。
ログとレオが立ち上がった。
古参も。
奥の部屋。
寝台の上で男が身体を起こしていた。
まだ頭がぼんやりしているらしい。
医者が肩を支える。
「ゆっくりだ」
男は周囲を見る。
「……ここは」
「鴉樽」
ログが答えた。
男はログを見る。
次に。
レオ。
主。
そして。
古参。
そこで。
動きが止まった。
古参も男を見たまま止まる。
「……お前」
ログが古参を見る。
「知ってるのか」
古参は答えない。
男の顔を確かめるように近付く。
「何で」
「お前がここにいる」
男も古参を見る。
「……あなた」
声が掠れている。
古参の顔が険しくなった。
「役所に出入りしてる奴だ」
ログが眉を寄せる。
「役人か」
「違う」
古参は首を振る。
「使い走りだ」
「部署を跨いで書類や荷物を運ぶ」
レオが聞く。
「記録庫にも?」
古参が黙った。
その沈黙で答えは分かった。
男が頭を押さえる。
「俺は……」
医者が見る。
「無理に思い出すな」
「でも」
男は苦しそうに目を閉じる。
「女を」
レオの顔が強張る。
「覚えてるのか」
「少し」
男は答えた。
「連れて来いと言われた」
ログが近付く。
「誰に」
男は黙る。
思い出そうとする。
「顔が見えない」
「見てないのか」
「違う」
男は首を振った。
「知ってる」
「知ってるはずなのに」
額を押さえる。
「名前が出てこない」
古参が聞く。
「どこで命令された」
男は場所を答えた。
先ほど雇われた二人が話した場所と同じ。
表の町。
役所から近い路地。
「今日か」
「ああ」
「朝……」
男が目を閉じる。
「役所から出た後」
古参の顔が変わる。
ログが聞く。
「役所にいたのか」
「仕事で」
「何を運んだ」
男は考える。
「書類」
「どこから」
「受付の奥」
部屋が静かになった。
古参が男を見る。
「誰から受け取った」
男の呼吸が止まる。
「……」
「思い出せ」
古参が言う。
男は目を閉じる。
長い沈黙。
やがて。
「分からない」
拳を握る。
「そこだけ」
「抜けてる」
ログはレオを見る。
レオも同じことを考えていた。
今日受付で名前を出した。
その後。
この男は役所にいた。
そして命令を受けた。
レオの妹を連れて来いと。
ログが古参を見る。
「役所だな」
古参はすぐには答えなかった。
やがて低く言った。
「……中にいる」
誰かが。
今も役所の中にいる。
十五年前から続くものが。
まだ終わっていなかった。




