第7章 ⑯
男の身体がびくりと動いた。
ログは見逃さなかった。
レオも。
主も。
常連達は一瞬遅れて。
「当たり?」
「今の当たりだよな?」
「動いたぞ」
「酒一本!」
ログが振り返る。
「今は黙ってろ」
「はい」
ログは残りの二人を見る。
一人の前へ移動する。
「スヴェトグラス」
男は眉を寄せた。
「……何だ?」
次。
「スヴェトグラス」
「さっきから何なんだよ」
反応はない。
ログは最初の男へ戻った。
「お前だけか」
男は黙っている。
目はログを見ている。
だが。
何も答えない。
ログは男の前へしゃがんだ。
「黙れ」
男の身体が強張った。
そのまま力が抜ける。
どさり。
床へ倒れた。
常連達が固まる。
「……」
「……死んだ?」
医者が奥から出てきた。
「勝手に殺すな」
男の横へしゃがむ。
首に指を当てる。
呼吸も確認する。
「生きてる」
常連達が息を吐いた。
「良かった」
「びっくりした」
医者が男を見る。
「奥へ運べ」
「いつ起きる?」
ログが聞く。
「知らん」
「前も個人差があっただろ」
「ああ」
「寝かせとけ」
常連が二人。
男を抱える。
「丁寧に運べよ」
医者が言う。
「分かってる」
「頭ぶつけんな」
「分かってるって」
ごん。
「おい!」
「今の柱!」
「頭だ!」
「ごめん!」
男は奥へ運ばれていった。
医者も後を追う。
ログは残った二人を見る。
二人とも明らかに怯えていた。
「さて」
ログがしゃがむ。
二人が少し下がる。
「何もしねぇよ」
「今、一人倒しただろ!」
「事情が違う」
「何が違うんだよ!」
レオが横から言う。
「答えればいい」
二人が黙る。
レオの顔を見てさらに黙る。
ログが聞いた。
「あいつと知り合いか」
一人が首を振る。
「今日会った」
「どこで」
「表だ」
「詳しく」
男は場所を話す。
役所からそう遠くない一角。
人通りのある通りから一本入った路地。
「何て言われた」
「仕事を探してるなら手伝えって」
「何を」
「女を一人連れてくる」
もう一人が慌てて言う。
「攫うなんて聞いてねぇぞ」
「知り合いを迎えに行くって話だった」
レオが妹を見る。
妹は首を振った。
知らない男で間違いない。
「いつ雇われた」
ログが聞く。
「今日」
「何時頃だ」
「昼前だ」
ログとレオが目を合わせた。
今朝役所へ行った。
受付で元上司の名前を出した。
消えた男の名前も。
そして。
昼前。
人が動いた。
レオが低く言う。
「早いな」
「ああ」
ログが答える。
常連達も今度は騒がなかった。
主がカウンターの向こうから聞く。
「金は」
男が懐から小袋を出す。
「先に半分」
主が見る。
「残りは」
「女を連れて行った後」
「どこへ」
二人が顔を見合わせた。
「知らない」
「こいつが案内するって」
奥を見る。
気を失った男が運ばれていった方。
ログが立ち上がる。
「肝心なところはあいつか」
レオが頷く。
「起きるまで待つしかない」
常連の一人が戻ってくる。
「寝かせたぞ」
「頭ぶつけたけど」
医者の怒鳴り声が奥から響いた。
「余計なこと言うな!」
常連は黙った。
ログは主を見る。
「古参呼べるか」
「役所の?」
「ああ」
主が少し考える。
「人をやる」
レオが言う。
「理由は言うな」
「分かってる」
主は常連の一人を見る。
「行ってこい」
「何て言えばいい?」
ログが答えた。
「十九歳の若造が呼んでるって言え」
常連が首を傾げる。
「今?」
レオが吹き出した。
ログが睨む。
「昔の話だ!」
常連は笑いながら。
鴉樽を出ていった。




