第7章 ⑮
鴉樽の扉が開いた。
男が三人店へ入ってくる。
見慣れない顔だった。
カウンターにいた主が顔を上げる。
医者も見る。
常連達はいつもの席。
昼間から酒を飲んでいた。
「誰だ」
主が聞く。
男の一人が店内を見る。
「人を探している」
「誰だ」
「女だ」
常連達が反応した。
「女?」
「若い?」
「お前ら」
主が低く言う。
「黙れ」
「はい」
男は店の奥を見る。
そこに。
レオの妹がいた。
子供達の服を畳んでいる。
男が指を差す。
「あの女だ」
常連達が一斉に妹を見る。
それから男達を見る。
一人が聞いた。
「知り合いか?」
妹は男達を見た。
顔が強張る。
「……知らない」
常連達の顔から笑いが消えた。
「だそうだ」
男が一歩進む。
「こちらへ来てもらう」
妹が下がる。
常連が立ち上がった。
「嫌だってよ」
別の一人も立つ。
「帰れ」
「邪魔をするな」
「してねぇよ」
常連は酒を一口飲む。
「帰れって教えてやってるだけだ」
男の顔が険しくなる。
「関係のない者は引っ込んでいろ」
常連達が顔を見合わせた。
「関係ない?」
「ここに来て?」
「それ言う?」
一人が妹を見る。
「お嬢さん」
「寒くないか?」
主が睨む。
「今それはいい」
「念のためだよ」
妹が困ったように首を振る。
「大丈夫です」
常連は満足そうに頷いた。
「良かった」
男が苛立った。
「ふざけるな」
妹へ向かって歩き出す。
その腕が伸びる。
ぱしっ。
常連が手を叩き落とした。
男が睨む。
「何をする」
「触るな」
声が変わっていた。
店の空気も。
変わる。
さっきまで酒を飲んで笑っていた男達が。
一人。
また一人。
立ち上がる。
椅子が床を擦る。
出口の前にも一人。
奥へ続く通路の前にも。
いつの間にか男達を囲んでいた。
「何のつもりだ」
常連の一人が笑う。
「何って」
「お前らが帰るまで」
「見送ってやろうと思って」
男が懐へ手を入れる。
主が言った。
「やめとけ」
男がカウンターを見る。
主は動いていない。
「抜いたら面倒になるぞ」
「脅しか」
「忠告だ」
男は鼻で笑った。
そして。
懐から短剣を抜いた。
常連達が笑った。
「抜いたぞ」
「抜いたな」
「見た」
「俺も見た」
男が一瞬怯む。
「何だ」
「いや」
常連が袖を捲る。
「これで」
「遠慮しなくていいなって」
次の瞬間。
男が床へ転がった。
「ぐっ!」
何が起きたのか。
本人にも分からなかった。
腕を掴まれ。
捻られ。
足を払われた。
短剣が床を滑る。
もう一人が動く。
その前に。
横から椅子が差し込まれた。
足が引っ掛かる。
倒れる。
「危ねぇだろ」
「椅子は壊すなよ」
「そっち!?」
三人目が出口へ走る。
そこには。
最初から一人立っていた。
「どこ行く」
「どけ!」
「嫌だね」
拳が飛ぶ。
避ける。
腹へ一発。
男が呻く。
「お前ら……」
常連が首を傾げる。
「何?」
「ただの酒飲みじゃ……」
店の中が静かになった。
次の瞬間。
笑い声が上がる。
「聞いた!?」
「ただの酒飲みだってよ!」
「合ってるじゃねぇか!」
「失礼だな!」
「どっちだよ!」
主が額を押さえた。
医者が奥から顔を出す。
「終わったか」
「ああ」
「怪我人は」
常連が床を見る。
「三人」
「お前らじゃない」
「俺達は無傷」
「ならいい」
医者は引っ込んだ。
男達は床へ転がっている。
常連の一人が妹を見る。
「大丈夫か?」
「……はい」
「怖かったな」
「お茶いる?」
別の常連がすぐ言う。
「毛布もあるぞ」
「飯は?」
「甘いものも――」
主が低く言った。
「お前ら」
全員止まる。
「はい」
「離れろ」
「……はい」
ぞろぞろ。
妹から離れる。
一人だけ。
少し名残惜しそうに振り返った。
その時鴉樽の扉が開いた。
ログとレオが入ってくる。
二人とも止まった。
床。
男。
男。
男。
その周りに満足そうな常連達。
ログが聞く。
「……何した」
常連の一人が笑った。
「おかえり」
「何した」
「何か」
床の男を指差す。
「お嬢さんを連れて行こうとしたから」
レオの顔から表情が消えた。
妹が立ち上がる。
「お兄ちゃん」
「大丈夫か」
「うん」
レオは妹を見る。
怪我はない。
それを確認してから。
床の男達を見る。
ログも一人の前へしゃがんだ。
「こいつら」
「何か言ったか」
「女を連れて行くって」
「誰に頼まれたかは?」
常連は首を振る。
「まだ聞いてない」
「そっか」
ログは男を見る。
男も睨み返す。
「何だ」
ログは少し笑った。
そして。
言った。
「スヴェトグラス」
男の身体が。
びくりと動いた。




