第7章 ⑭
古参はまだ怪訝な顔をしていた。
「スヴェトグラス」
確かめるようにもう一度言う。
何も起きない。
ログは少し笑った。
「もういい」
「何がいいんだ」
「こっちの話だ」
古参は納得していない顔をしていた。
レオが机を指で叩く。
「元上司の記録見られるか」
古参の表情が戻る。
「ああ」
「ただし正式に閲覧を申請すれば記録が残る」
ログが眉を寄せた。
「誰が見たかも?」
「残る」
「面倒だな」
「役所だからな」
古参は立ち上がった。
「俺が見てくる」
レオも立つ。
「俺も行く」
「駄目だ」
「何でだ」
「お前はもう部外者だ」
ログが横から言う。
「俺も部外者だぞ」
「お前は最初からだ」
「じゃあ俺はいいのか」
「駄目に決まってるだろ」
ログは舌打ちした。
古参は扉へ向かう。
「ここにいろ」
「どれくらいだ」
「古い記録だ、少しかかる」
扉を開ける前に。
古参は二人を見る。
「余計なことするなよ」
ログが椅子へ座り直す。
「しねぇよ」
レオも座る。
古参はしばらく二人を見ていた。
「……不安だ」
扉が閉まった。
部屋に二人だけになる。
しばらく誰も喋らない。
ログが煙草を取り出した。
レオが見る。
「禁煙だ」
「まだ吸ってねぇ」
「しまえ」
ログは煙草を指で弄ぶ。
「役所って面倒だな」
「昔から言ってるだろ」
「お前よく働いてたな」
「仕事だからな」
「俺には無理だ」
「知ってる」
ログは不満そうに煙草をしまった。
少しして廊下から足音が聞こえた。
速い。
扉が開く。
古参だった。
顔が変わっている。
レオが立ち上がった。
「どうした」
古参は部屋へ入り。
すぐに扉を閉め鍵を掛けた。
「ない」
「何が」
「記録だ」
ログも立ち上がる。
「元上司のか」
「それだけじゃない」
古参は机へ戻った。
「二人ともだ」
レオの顔が険しくなる。
「消えた男も?」
「ああ」
「十五年前の人事記録そのものは残っている」
「他の職員のものも、異動も退職も残っている」
古参は二人を見る。
「だがあの二人の分だけない」
ログが眉を寄せた。
「最初から無かったんじゃねぇのか」
「違う」
古参は即答した。
「俺は見たことがある」
「いつだ」
「数年前だ。その時には確かにあった」
レオが机へ手をつく。
「誰が持ち出した」
「分からん」
「調べられないのか」
「調べることはできる」
古参は答える。
「だが、今すぐ聞き回れば、こっちが探していると教えるようなものだ」
ログが古参を見る。
「もう遅いんじゃねぇか」
古参の眉が動いた。
「何がだ」
「俺達」
ログは扉を指す。
「さっき受付で名前を出したぞ」
部屋が静かになる。
レオも扉を見る。
受付。
元上司の名前を出した時。
止まった手。
消えた男の名前を出した時。
静かになった周囲。
古参が低く言う。
「……そうだったな」
「誰かが聞いてたなら」
ログが続ける。
「もう伝わってる」
「記録がいつ消えたかは分からない」
古参が言う。
「数年前から今日までのどこかだ」
「ああ」
ログは頷いた。
「でも」
「俺達が探してることは今日伝わったかもしれねぇ」
レオが腕を組む。
「なら向こうが動く」
古参が二人を見る。
「そう決まったわけじゃない」
「動かなきゃ」
ログが笑う。
「それはそれでいい」
「何?」
「動いたら」
ログは扉を見る。
「見つけやすくなる」
古参は呆れたように息を吐いた。
「お前昔からそうなのか」
レオが答える。
「昔はもっと酷かった」
「お前が言うな」
ログが睨む。
レオは無視した。
「記録を抜いた奴が本体とは限らない」
「ああ」
ログも頷く。
「頼まれただけかもしれねぇ」
「だが」
レオが続ける。
「誰かには繋がる」
古参は黙って考える。
やがて。
「記録庫へ出入りできる人間は絞れる」
ログが見る。
「何人だ」
「すぐには分からん。調べておく」
「ただし」
古参は二人を見る。
「お前らは動くな」
ログとレオが黙った。
古参の眉が寄る。
「何だ、その顔は」
「別に」
「何もしねぇよ」
「信用できん」
ログは立ち上がる。
「じゃあ帰る」
「待て」
「何だよ」
「本当に何もしないんだろうな」
ログは扉を開ける。
「ここではな」
古参が額を押さえた。
「やっぱり信用できん」
レオも立ち上がる。
「何か分かったら知らせろ」
「ああ」
「お前も」
古参はレオを指す。
「若造を止めろ」
レオはログを見る。
「無理だ」
「諦めるな」
ログが廊下へ出る。
「聞こえてるぞ」
古参は大きく息を吐いた。
二人が役所を出る。
その頃。
地下街。
鴉樽の前。
見慣れない男達が立っていた。
一人が扉を見る。
「ここか」
もう一人が頷く。
「ああ」
「女は中にいる」
扉へ。
手が伸びた。




