第2章 東側の噂 ②
酒場が静まり返った。
ミナは二階奥の暗い通路を見ている。
灯りの届かない場所。
古い物置と、 使っていない寝台が並ぶだけの狭い通路だった。
ログが眉を寄せる。
「……誰も居ねぇだろ」
「いる」
ミナは即答した。
酒場の空気が少し変わる。
地下街の人間は、 子供の勘を馬鹿にしない。
特に、 地下街育ちの子供なら。
主がゆっくり立ち上がる。
煙草草の火が暗闇で赤く揺れた。
「若造」
「……何」
「上見てこい」
ログが顔をしかめる。
「俺?」
「一年下働きだろ」
「便利に使うなぁ……」
それでもログは階段へ向かう。
ミナもついて行こうとする。
「お前は下――」
「行く」
「頑固だな!?」
二人は二階へ上がる。
軋む木の床。
酒場の喧騒が少し遠くなる。
暗い通路。
古い箱。
積まれた布。
そして――
微かな呼吸音。
ログの顔から軽口が消える。
「……誰だ」
返事は無い。
主も静かに上がって来る。
通路の奥。
壊れた寝台の陰。
そこに人影が蹲っていた。
若い男だった。
服は濡れている。
腕から血。
息も荒い。
ミナが小さく呟く。
「水路……」
男は薄く目を開ける。
そして主を見た瞬間、 顔色を変えた。
「……《鴉樽》」
主は面倒臭そうに煙を吐く。
「勝手に入り込むな」
男は苦しそうに笑う。
「鍵……開いてた……」
「閉め忘れだ」
ログが呆れる。
「適当過ぎんだろ」
主は無視した。
男の傷を見る。
深い。
水路で何かあった傷だった。
主が低く聞く。
「《灰鐘》か」
男は少し黙り、 やがて頷いた。
「……東水路でやられた」
酒場の空気がまた少し重くなる。
ログは壁へ寄りかかったまま聞く。
「役人か?」
「違う」
男は息を切らしながら答える。
「……地下の奴らだ」
その言葉で、 主の目が少し細くなった。
地下街の揉め事だった。
しかも、 まだ終わっていない類の。




