第7章 ③
夜。
鴉樽。
ヴィクは入口まで来て足を止めた。
奥から。
ログと主の声が聞こえる。
「増えてる。」
ログだった。
「地下街にも。」
主が短く答える。
ヴィクは息を潜めた。
「保護するなら。」
ログの声。
「ヴィクが一番だ。」
ヴィクは目を見開く。
俺?
その時だった。
扉が開く。
「店主ー!」
酔った男が入ってくる。
笑い声。
椅子を引く音。
話し声は途切れた。
ヴィクには。
その先が聞こえない。
少しして。
また二人の声が聞こえた。
「子供は。」
「逃げる。」
「だから。」
「……。」
客の笑い声が重なる。
また聞こえない。
聞こえたのは。
「表。」
「役人。」
「難しい。」
それだけだった。
ヴィクは俯く。
(やっぱり。)
(大人に知られた。)
(みんな。)
(逃げる。)
踵を返す。
静かに。
その場を離れた。
気付く者はいない。
鴉樽の奥。
ログは煙草へ火を付けた。
紫煙が静かに揺れる。
「ヴィクなら。」
「子供も逃げない。」
主は煙草の灰を落とした。
「あいつは。」
「子供に好かれてる。」
ログは頷く。
「まず。」
「ヴィクに任せる。」
「落ち着いたら。」
「俺達が保護する。」
主も頷いた。
「それが一番だ。」
少し沈黙が流れる。
ログは机の地図を見る。
赤い印。
また一つ増えていた。
「保護だけじゃ。」
「終わらない。」
主は短く答える。
「ああ。」
「元を止めなきゃ。」
「また増える。」
ログは煙草を灰皿へ押し付けた。
「これ以上は。」
「表だな。」
主も静かに頷く。
「地下街だけじゃ。」
「もう無理だ。」
その頃。
ヴィクは地下水路へ向かって走っていた。
(急がないと。)
(みんなを。)
(守らないと。)
聞こえなかった言葉を胸に。
少年は暗い地下水路へ消えていった。




