第6章 ④
朝だった。
鴉樽は静かだった。
ヴィクは目を覚ます。
今日も元気だった。
「いってきまーす!」
勢いよく扉へ向かう。
その時だった。
主が煙草を吸いながら言う。
「禁止。」
それだけだった。
ヴィクは止まる。
主を見る。
少しだけ首を傾げる。
それから。
「……うん。」
素直に頷いた。
店へ戻る。
常連が笑う。
「今日は聞いたな。」
レオも少し笑った。
「珍しい。」
ログは帽子を被る。
「少し大人になったか。」
店には穏やかな空気が流れた。
しばらくして。
ヴィクはそっと辺りを見回す。
誰も見ていない。
そう思った。
小さな足で歩く。
音を立てない。
扉を少しだけ開ける。
するり。
外へ出た。
「よし。」
小さく笑う。
地下街を歩く。
だが。
すぐに足が止まった。
「……?」
静かだった。
いつもなら。
市場の声。
笑い声。
怒鳴り声。
荷車の音。
どこかから聞こえてくる。
今日は違った。
人はいる。
でも。
何かが違う。
ヴィクは首を傾げる。
分からない。
でも。
少しだけ変だった。
その時だった。
「ヴィク!」
聞き覚えのある声。
ヴィクが振り向く。
乳母だった。
その隣には。
同じくらいの歳になった幼なじみ。
ヴィクの顔がぱっと明るくなる。
「ねぇね!」
勢いよく駆け出した。
乳母も笑う。
「大きくなりましたね。」
幼なじみも嬉しそうに手を振る。
次の瞬間だった。
路地裏から。
黒い影が三つ。
一人。
また一人。
音もなく現れる。
乳母が振り向く。
「……!」
口を開くより早かった。
布が被せられる。
ヴィクも。
幼なじみも。
小さな体が抱え上げられた。
「や!」
ヴィクが暴れる。
小さな拳を振るう。
足をばたつかせる。
だが。
大人の腕は離さない。
「んー!」
声も塞がれる。
乳母が必死に手を伸ばした。
届かない。
三人の姿は。
路地の奥へ。
静かに消えていった。
地下街は。
何事もなかったように。
今日も動き続けていた。




